第八話
レクスは身体を隠すように外套を纏うと、僅かな食料を持ってリンクスの街を旅立った。
リンダは彼の見送りをしたがっていたが、ギルド長としての仕事があまりにも多く、僅かな休みすら取れない事情もあり泣く泣く却下。
結局レクスは独りで旅立つことになったのだ。
「…………久しぶりだな」
精霊山から飛び出して、この小さな村を訪れた。すぐさま出発するものだと持っていたが、想定もしていなかった出会いがあり、十年も滞在していた。
だからこうしてリンクスの街の外に出るのは、実に十年ぶりになる。
普通の人間よりも長いこと生きているが、やはりこうしてまだ見ぬ土地を目指すときには心臓が高鳴る。
彼は息を一つ吐くと、冒険者ギルドの支部を作る予定の街へ向けて足を踏み出した。
◇
三日ほど歩き続けていると、立派な城壁を持った街が見えてきた。
リンクスの街は発展してきていると言っても、少し前までは田舎。やはりこうして、都会と言ってもいい街と比較すると見劣りする。
レクスは門番らしき者に声をかけると、「しばし待ってくれ」という言葉をかけられた。
「……やぁ、君が冒険者ギルドの人かな?」
そうして待っていると、恰幅のいい男がにこやかに話しかけてくる。
リンクスの街では急激に増加した人口に食料の生産が追いつかず、飢えているとまでは行かないものの、満足に脂肪を蓄えているものはいない。しかし目の前の人物は、今まで体を使う労働などしたことがないと言いそうな様で、こういうところにも差を感じた。
「えぇ、私は冒険者ギルドの副代表、レクスと申します。あなたは?」
「私はこの街の領主をやっているレーンスヘルだ……まぁ、よろしく頼むよ」
勿体ぶったような口調で差し出される右手。レクスは笑みを浮かべながら、自らも手を差し出した。
「早速だが君達に話をかけたのは他でもない……魔物の被害が最近増えているからだ」
「魔物、ですか。しかしそれほど急に増えたのですか?」
「あぁ。今では日が両手の指ほど経っただけで、その倍の人間が軽症重症問わず被害を受けている」
「それほど……」
思わず驚きの感情を顔に乗せてしまう。
だがそれも無理はない、迷宮に日常的に潜っているせいで感覚が麻痺しているが、そもそも魔物とは魔力を持った生き物だ。生き物であるから、生まれてから成長し切るまでには時間がかかる。
それにもかかわらず急に被害が増えたというのは異常事態である。
「このようなことは以前にも?」
「いや、歴史を伝えてきた家の者にたずねてみたが、そのようなことはなかったようだ」
「とすると、何らかの原因がありそうですね」
やはり生き物、季節によって魔物の増減数には影響が出る。しかしそういった過去もないようであるし、異常な魔物の増殖という異常事態の原因があるのだろう。
「では、リンクスの街の冒険者を何人か連れてきて、魔物の数の低減、またこちらにも冒険者ギルドを作って戦力の補充をおこなえばいいですね?」
「あぁ。だが冒険者の数が急に増えることはないだろう。そのため魔物増殖の原因を取り除いてほしいのだが……」
来たか、とレクスは内心でため息をつく。
予想はしていたが、案の定厄介事が舞い込んできた。あのお嬢さんはもしや疫病神なのでは? と本人に知られたら烈火の如く怒りそうなことを考えつつ、レーンスヘルの頼み事に首を縦に振る。
「厄介さにもよりますが、七日ほどを目処に」
その短さに、領主は目を見開いた。
城壁の前での問答が終わると、レクスは街へと案内された。
外からでも発展具合に差があることは分かっていたが、中に入るとそれ以上に違いが分かる。まず行き違う人の数が比較にもならない。
リンクスの街では人間しか見ることはないが、この街では耳の長い高い魔力を感じる種族がいるし、背の低い小人のような種族もいる。
何処か別世界に来てしまったようなその光景に、彼は若干のめまいを感じた。
「はは、初めてここに来た者は大体そんな反応をするよ」
レーンスヘルは悪戯げに笑みを浮かべると、こっちだとレクスを先導した。
ふくよかな腹をゆっさゆっさ振っているのを眺めていたら、目的に到着。そこは周りのような石造りの建物ではなく、暖かさを感じさせる木造建築だった。
「客人に貧相な宿屋は提供できないだろう? ここはこの街でも一番の宿だ」
「そんなに……ありがとうございます」
振り返って言う領主に、レクスは頭を下げた。
ギルド支部を作るという話であったが、彼は正直あまり信用していなかった。というのも、まだ発足したばかりの冒険者であるが、世間――少なくともリンクスの街の周りでは――の彼らに対する考えは「野蛮で品性に欠ける」というものであるからだ。
戦闘能力はあるものの、生命をかけて魔物と戦うという性質上、どうしても血の気は多くなる。すると街なかで突如喧嘩をおっぱじめたり、明日には死ぬかもしれないために朝っぱらから酒を飲んだりする。
そうすると、世間からの目は厳しくなるのだ。
だから彼は「きっと冷たい目で見られるのだろうな」などと考えていたのだが、予想以上の好待遇。
よほど魔物による被害に懲りていたのだろうか。
ここで不遜で尊大な態度でも取ってしまえば、それこそ冒険者に対するイメージを下げてしまうことになるので、レクスはしっかりと行儀よく感謝する。
レーンスヘルはその様子に笑みを浮かべると、「しばらく時間が経ったらまたお邪魔する。それまでは旅の疲れを癒やしていてくれ」と言って街の中心部にある彼の住居へ戻っていった。
「ありがたいな……」
いくら死なぬ身とはいえ、長旅が体に与える疲労感までは回避できない。それに旅の途中は満足に水浴びも出来なかったから、仕方のないことであるが汚れも気になる。
まずは身なりを整え、その後街でも探索してみようか。などと考えながら、レクスは宿へと入っていった。
いつ頃領主がレクスの元を訪れるのかの話をしていなかったが、おそらく数時間程度なら外出しても問題ないだろう。
彼は宿で貸し与えられたこの街独自の衣服に腕を通して、散策に繰り出していた。
(道はよく整えられた石畳、道幅は広く五人ほどが腕を広げられそうだ)
一応リンダは街長代理をしている。その補佐をしている彼としては、こういった街の様子はリンクスの街の見本にもなるため、興味深く見回していた。
火事対策か、建物は石造りのものが基本であり、一つ一つに隙間が空いている。とは言ってもそこまで空いているわけではないが、火が燃え移るのを防ぐには十分だろう。
人口増加のために急ピッチで作られた住居は、基本的に周りの森で採れた木製であり、また土地を有効活用するために隙間は殆どない。そのためボヤ騒ぎが起きれば大事になり、その度にレクスが駆り出されていた。
今すぐにこのような状態にするのは難しいだろうが、いずれはそうしたいものだ、と彼は頷いた。そうすれば火事に駆り出されなくて済むし。
若干仕事嫌いの気が出てきた彼は憂鬱そうなため息をついて、散策を続ける。
「兄ちゃんどうしたんだい、元気なさそうだね! そんなときはこの肉を食べれば元気出るよ!」
その時、道端に露天を開いていた女性が話しかけてきた。
レクスはその勢いに気圧されながら、時間に余裕もあるし……と懐に手を入れる。
「おまけして百トンボリで良いよ!」
「…………トンボリ?」
「何だいあんた、トンボリを知らないのかい!? どれだけ田舎もんなんだ、金のない奴は帰った帰った!」
自分から声をかけてきてそれはないだろう……と思ったが、それ以上にトンボリという単語が気になった。
どうやら、この街では物を交換する際に実物ではなく、街が定めた金属片によって交換するようだ。
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