第七話

 迷宮は上層、中層、下層に分かれている。

 土作りの比較的弱い魔物達が現れるの上層、石造りで複数人で戦わないと生命を落とす中層、部分部分の環境の変化が非常に大きく、埒外の実力がなければ生きて帰れない下層だ。

 階段などによって明確に層が分かれている訳ではなく、壁の様子や魔物の強さによって便宜的に表しているものである。下層に至っては環境の変化毎に層を分けるべきなのかもしれないが、そもそも辿り着けるものが少ないために、情報そのものが不足しているのだ。



 そのために。



「…………火山か」



 レクスはローブを押し上げて周りの光景を見て、眉を歪めた。

 迷宮で宝箱から出てきたドロップした自動でマッピングしてくれる地図には、中心部分に火山らしきものが描かれた円形状の地形が描かれている。



 ここは前人未到の迷宮下層。

 ギルド長の仕事が忙しいリンダに代わって、彼が迷宮の攻略のために情報を探りに来たのだ。



 入り口からどれほど地下に潜ったのだろうか。地下に潜れば潜るほど、迷宮はその姿を変える。つまりは物理的に不可思議な森林エリアや、今目の前に広がっているような火山など。

 おそらくは魔力による空間の拡大がされているのだろうが、それにしてもおかしな光景だ。

 レクスは気温に辟易しながら、ひたすら深く深く潜り続ける。



『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!!!』



 すると地中から土竜じみた見た目をした、身体に幾億もの眼球を取り付けた魔物が現れた。

 そいつは発声器官が地上の生き物とは大きく異なっているのか、鳴き声とも取れないような叫び声を上げた。火山という環境を反映しているのだろう、彼の者は火を纏っている。



「……ドラゴンと言うには、知性と威厳が足りないな」



 熱風によって頭に被せていたローブが吹き飛ばされながら、彼は呟いた。

 言葉を理解でもしたか、怒り狂ったように魔物は火を吹く。



『■■■■■■■■■■■■■■!!!!』



「ここら辺は火の精霊が多いな……」



 レクスはちらりと周囲を眺めて、何かを集めるような仕草をする。

 瞬間、魔物の火とは比べ物にならないほどの大きさの炎が出現。圧倒的火力により相手の攻撃を飲み込むと、そのまま燃やし尽くしてしまった。



「多いとは思ったが、ここまでか」



 もう少し苦戦すると思ったが、予想以上に火の精霊が満ちていたために、埒外の火力の攻撃に成功した。下層の魔物ともなれば、高い属性耐性を持ち、神の奇跡などもあまり効かないのだが……。



 精霊の力を鍛え続けてきたレクスは、現在弱い精霊ならば無条件で操ることが出来、更に出力を上げた力を振るえるようになっている。意志を持つ強い存在に関しては、未だに十全に操ることは出来ないが。



「………………」



 その後もマッピングをしつつ、迷宮攻略を進めていく。

 もしもその光景をまともな冒険者が見ていたら顎を落とすだろう。中層ですら複数人で行動しなければ危ないというのに――しかもきちんと鍛えた冒険者が数人だ――、下層で独りソロ。冒険者など一蹴する魔物を、逆に一撃で倒している。

 


「流石にここまで来ると、精霊の力を使わないと通用しないな」



 握りしめた拳を見つめながら、彼はため息をついた。

 普段は精霊の女王から与えられた力を使うことなく、自身の実力を鍛えているレクスだが、十年そこらの努力では下層の魔物には通用しない。そう考えると、己の身一つで彼と張り合うリンダという存在がおかしく感じるが、そこは非常識的な才能というやつだろう。



 黙々と歩き続け、石が転がった火山から霜の降りる氷雪地帯へと景色が変わっていく。



「……相変わらず、常識が通用しないな」



 先程までは汗が滴り落ちるほど暑かったと言うのに、今では吐いた息が白くなっていた。

 背負った袋をあさると、そこには残りわずかとなった食料が顔をのぞかせる。



「……もう一週間か? そろそろ戻るべきだな」



 リンダの支えになろうと決意してから長い時が経つが、それでも偶に仕事が嫌になことがある。考えてみれば精霊の女王の元に居たときも、大して仕事らしい仕事はせず、料理をして後は自由にしていた。

 もしかしたら自分は働くことに向いていない人間なのか、と思いながら、レクスは来た道を戻り始めた。






















 身の丈三メートルほどの魔物を凍らせて、道を急ぐ。

 その際に「【冒険者の杖】だ」だの「【リンダ様の伴侶】よ」だの、おかしな名前で呼ばれたような気がするが気の所為だろう。気の所為だということにして彼は歩き続けた。



 迷宮の入り口を潜れば、久しぶりに思える日差し。迷宮内にも擬似的な太陽はあるが、やはり本物は違う。

 大きく伸びをして、十年前とは比べ物にならないほど活気づいている村――いや街を眺めて、目を細めた。

 


 自身も発展に大きく寄与しているためか、感慨深いものがある。まるで小さかった子供が大きく成長したように。



 彼はあまり浮かべない笑みを浮かべて、ギルドへ急ぐ。



「あっ、レクス! 丁度良いところに来たわね!」



 賑わうギルドを通って、ギルド長の部屋に入った瞬間にかけられた言葉。ニコニコと笑うリンダを見た時、レクスは非常に嫌な予感がした。



「……俺は、さっき戻ってきたばかりなんだが」



「そうね、仕事熱心で助かるわ」



「………………はぁ、何があったんだ?」



 笑顔の彼女の様子をしばらく見ていたが、とても諦める様子はない。それどころか「逃してなるものか」という意志が瞳の奥に見え隠れして、少女だった頃の純真さは何処へ行ったんだとため息を付きたい気分だった。



「最初は迷宮を攻略するのが冒険者だったけど、今では魔物を倒す仕事をしている人も冒険者として扱われているじゃない?」



「あぁ。ギルドにも『クエスト』なんてものが出来て、迷宮に潜らずに外の魔物だけを相手にする者も出てきたな」



「それで、ここ冒険者ギルドの支部を作ろうって話が来たのよ!」



 今でも魔物の被害は多いから!

 どん、と興奮したように顔を近づけてくるリンダ。自分が作り出した組織が広まるのが嬉しいのだろう。彼女の頭を抑えながら、レクスは眉を顰めた。



「……で、俺に何をしろと?」



「視察よ。私は一応トップとしての仕事があるから、ナンバーツーのレクスにその街に行ってきて欲しいの」



 内容的には普通であるが、油断は出来ない。



「何か面倒な事情があったりしないだろうな」



 彼女にこういうお願いをされた時、何故か面倒な事情もセットで来るのがお約束だった。

 例えば最初は大量に湧いたスライムを相手にするだけの簡単な仕事だったのが、気づけば大量のワイバーンを相手にしていたり。



「大丈夫よ。その街は魔物こそ多いけど、一体一体の強さはそこまでじゃないわ。強くても中層の奴くらいね」



 そう言われても信用できないのだが…………レクスは大きく息を吐くと、疲れたように肩を竦めた。



「分かりましたよお姫様。一応【冒険者リンダの杖】なんて呼ばれてるからな、それくらいのお願いなら引き受けよう」



「りっ……!? ちょ、誰よそんなこと言ってるの!」



 ちょっとした意趣返しとして、迷宮を出るときに行き違った冒険者からかけられた言葉を言ってみる。

 すると効果はてきめんで、リンダは顔を真っ赤にして捲し立てた。

 それを適当にいなしながら、レクスは疑問を投げかける。 



「それで、出発はいつなんだ?」



「――全く、私とレクスがそんな関係だなんて……! 確かにそこまで間違ってないけど、人に言われるのは違うのよね……! ……………………あ、出発? 明日よ」



「明日」



「明日。丁度良かったって言ったじゃない。もしもレクスが戻ってこなかったら、最悪仕事を放って私が行こうと思ってたのよ。いやー、ほんとにタイミング良かったわ」



 ニコニコと笑う彼女が、今だけは悪魔に見えると彼は思った。

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