SeizE
匂いとは不思議なものだ。危険を察知させ、嫌悪を呼び起こし、食欲を増進させ、種を選別し、そして――果てには愛をも喚起する。
鋭敏な受容体を備えていれば脳内の神経伝達によって起こる他者の感情すら嗅覚に嗅ぎ分け、その者が何を思っているのか、何を求め何を恐れているのか、如何な生を送ってきたのかすらも理解ができる。匂いが判ればその者の、性のすべてが自ずと判る。
記憶と結びつき、本能と結びつき、人格と結びつく匂いという名の魔法の科学。それらは彼我を超越し、我と彼とを結び行く。匂いに惹かれた相手とは、遺伝の求めと同位に等しい。原始に根ざした欲動が、必要なのだと叫ぶのだ。何に変えてもあれ得よと、何を捨ててもあれ得よと――。
匂いとは不思議なもの。果てしなきもの。しかしそれは、神秘に非ず。なぜならこれら匂いこそ、人間存在が本質故に。生命の本質は匂いにありて、故にこそ我らはその死を超克し、不滅の存在へと至り得るのだ。愛する者と永遠に、神代の永遠を生きられるのだ。正しくそれは光輝の歓喜。神秘などと陳腐な言葉で、言い表せられるものでは決してない。
なあセブラン、そうだろう?
――どうやら彼女が来たようだ。薔薇の香りに誘われた、薄羽閃く幻花の蝶が。彼女なりの答えを持って、彼女自身の決意を抱いて。なればこそ、礼儀を持って迎えよう。彼女の香りに相応しく、緑の薔薇を胸に携え。手に汗握る終焉<フィナーレ>は、もはや息呑むそのすぐ先だ。故にセブランよ覚悟せよ、今こそお前を貰いに行くぞ。何に変えても取りに行く、何を捨てても起こしに行くぞ――。
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