占星術師 山本恵美子

 薄暗い空間に、ぼんやりと間接照明の明かりがともる。

 こじんまりとしたテーブルの向こうに、一人の女性が座っていた。

 薄いベールをかぶり、神秘的な雰囲気でたたずむ。

 ここは占いの館。今日も人生という道を見失った迷い子が訪れる。



 神秘的な部屋にノックの音が響く。


「どうぞ」


 神秘的な返答に、ドアはギギギときしみながら徐々に開いていく。

 日ごろの手入れの重要性を示しながら、ドアは人一人通れる位に開いた。

 そこから現れたのは、どこか沈んだ雰囲気をまとう、いかにも不安げな表情をした女性だった。

 女性はおどおどとした調子でおっかなびっくり歩いてきて、占い師の前の椅子に浅く腰掛けた。


「……あの、相談したいことがあるんです」


 女性の言葉に、神秘的な占い師はその両手をテーブルの上の水晶玉にかざした。


「聞きましょう、全ては星のめぐりのままに」


 女性は水晶玉をしばらく見つめた後、何かをうったえるように、何かを求めるように話し出した。


「先生、本当の私ってどこにいるんでしょうか」

「全ては星のめぐりのままに。生年月日教えて」

「分かりません」


「生まれた時間は?」

「分かりません」


「血液型は?」

「分かりません」


「住所」

「分かりません」


「名前」

「分かりません」


「誰?」

「分かりません」


「……警察行って」

「分かりました」


 女性はなにか吹っ切れたような表情をして立ち上がり、神秘的な部屋から出て行こうと力強く歩き、開けっ放しだったドアを閉めようと努力した結果ノブをへし折ってそのまま去っていった。


「なんなの」


 神秘的な愚痴が部屋にこだました。

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