メリーさんのスマホ

加藤那由多

『メリーさんのスマホ』

 走る。疾風の如く。

 三段ある階段の一と三段目を飛ばして、ドアノブに手をかけると、全体重をかけて引いた。

「おばちゃんおばちゃん! 届いたってほんと⁉︎」

「はいはい。かなでくんだね。ちょっと待っててね」

 おばちゃんは店の奥に引っ込むと、片手で持てるくらいの小さな箱を持って出てきた。

 僕の前の卓にそれを置くと、僕に見えるように開いた。

「2067年発売のスマートフォン。『sPhonエスフォン12』の中古品。ちょっと探すのに手間取ってね。元々希少価値のあるものだし、仲介手数料とか諸々込みで十五万150,000円ってとこかね」

「……十五回払いで」

 一万円札を手渡す。

「ほい、毎度。そんで、こんな骨董品何に使うんだい? 今時スマホなんて、もう何世紀も前の機械だろ。同じ値段で二個くらい前の世代のトークリング買えるだろうに」

 西暦2488年。スマホは過去のものとなり、今ではチョーカー型のトークリングが遠距離通話の要となっている。

「えーっと、スマホでしか話せない子がいるんだよ」

「言っとくけどね、スマホの通話サービスはもう何年も前に軒並み終了してるよ。使えるスマホが一個あったくらいで、出来ることなんて写真撮るくらいさ」

「大丈夫だから。気にしないで、それじゃあありがとね!」

「ちゃんとあと十四万払うんだよ!」

 分かった、と叫びながら店を出る。

 さっきと同じ速さで、家まで走る。

 階段は二段飛ばし。速度を維持してベッドにダイブ。

 両手でスマホを握りしめ、その瞬間を待った。

 プルルルルルル

 あまりの音の大きさに体が驚く。

 固唾を飲んで指をスマホに伸ばす。

 たしか、この緑の所を、押すんだよね。

「えーっと、もしもし?」

『…………』

「……? もしもし?」

 プッ…ツーツーツー

 切れた。

 回線が悪い? いや、スマホに回線なんてものはないか。おばちゃんも言ってたし。

 プルルルルルル、プルルルルルル

 またきた。

「もしもし、奏です」

『わた…、……』

「綿?」

『わたし、メリー。今、あなたの町にいるの』

「メリーさん!」

 プッ…ツーツーツー

 切れた。でも、今度はさっきとは違う。ちゃんと聞こえた。繋がった、メリーさんと!

 僕がスマホを買った理由、それはメリーさんと話すため。昔、テレビで『昔の都市伝説特集』を見てメリーさんを知った。

 メリーさんは、電話をかけてくる都市伝説。通話毎に現在地を伝え、恐ろしい速度で近づいてくる。そして最後は背後に立っている。

 そんな都市伝説は、電話の使用率低下とともに姿を消した。

 だから僕は考えた。

 メリーさんが消えたのは、電話をかける相手がいなくなったから。最後の電話とも呼ばれる『スマホ』があれば僕にかけてくれるのではないか、と。

 何年も前から骨董屋のおばちゃんにスマホを仕入れるよう頼んだ。ようやくそれが手に入り、僕の仮説が正しかったのか確かめられる。

 プルルルルルル

 三度目の電話。

『わたし、メリー。今、あなたの家の前にいるの』

 走る。階段は最後だけ二段飛ばし。

 体重をかけて扉を開く。

 果たしてそこには少女がいた。

 幼馴染の、女の子。メリーさんではない。

「おぉ…突然どうした? びっくりしたよ」

 目が泳ぐ。

「ぁ…えっと、だから……その」

 僕があたふたしていると、彼女は突然僕の背後を指差した。顔を歪め、まるで何かを恐れているようだった。

「ね、ねぇ。アレ、何かな?」

 まさかと思い僕は振り返る。

 しかし、誰もいなかった。

 プルルルルルル

 と四度目の電話。

『「わたし、メリーさん。今あなたの後ろにいるの」』


 少女と老婆が暗い店内で話をしていた。

「協力してくれてありがとう」

「うまくいったみたいだね」

「うん。これもおばちゃんがあのスマホと私のトークリングで通話できるようにしてくれたおかげ。あんな昔のものに細工するなんて、よくできたね」

「そういうのが好きだから、こんな骨董屋やってんのさ」

「へー」

「興味なさそうだね。そんなことより、どうしてあんたはあんなメリーさん狂いを好きになったかね」

 幼い頃より都市伝説、特にメリーさんに魅入られた奏は、色恋には興味を持たなかった。幼馴染の少女は彼のことが好きだったのに。

「色々あるよ。全部話す?」

「いいや、遠慮しとくよ」

「そう? でもこれで、わたしは彼の中でメリーさんと並んだ。次は、何をしようか」

「メリーさんをストーカーって形容する人もいたみたいだけど、あたしからしたらあんたの方がストーカーだよ」

「それでも、それくらいしなきゃ彼はわたしを見てくれないでしょ?」

 わたし、メリーさんじゃないけど、あなたの隣にいたい。

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メリーさんのスマホ 加藤那由多 @Tanakayuuto

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