I was King

天かす入りおうどん

I was KING

 私はかつて王だった。


 ただそれは、かつての話だ。



 ~~~



 私は世界に名を轟かせる超大国の唯一の王子として誕生した。


 父は私を溺愛し、私に全てを与えた。


 欲しいと言ったものは玩具だろうが食べ物だろうが人だろうが全てを与えてくれた。

 逆に要らないと言ったものは玩具だろうが食べ物だろうが人だろうが全て即処分してくれた。


 物心ついた頃から人生は勝ち組。


 なんでも上手くいくこの人生に飽きること無く私はこの世を貪り続けた。

 私こそが神であり、私に尽くす民や使用人、父でさえ心の底から見下す権利があるとさえ思っていた。


 私が齢19の頃、一人息子である私が順調に育った事に安心したのか父が亡くなった。


 使用人たちは小さい頃から患っていた病気が突然悪化したと言って悲しんでいる様子を見せた。

 しかし私に気を使ってか葬式でさえ涙を流す者はいなかった。

 彼らの父へ向けた憐れむような表情だけが今でも脳に染み付いている。


 当の私も涙は一切出なかったのだが。


 私に尽くす奴隷の1人が死んだだけなので当然と言えば当然か。


 そして私は父の遺言の通り王位を継承した。


 王子だった頃よりもさらに私の権限は強くなり、今まで父の力を借りることで何でもできていた事が、ただ私1人の力で何でも出来るようになった。


 私は試しに街へ出て存在する様々なお店に入ってみた。

 そして気に入ったお店、もとい店主には褒美として生涯私の元で働かせた。

 逆に気に入らない店は存在すらしていなかったことにした。


 そいつの家族?が私を罵倒したがすぐ側近に取り押さえさせ処刑した。

 あれは余興にしては面白かったな。


 あの顔は生涯忘れられない表情ランキングにランクイン確実だろう。

 やはり人が必死になっているのを見ると笑いが込み上げてくる。

 と同時に私の立場の優位性に心底喜びを感じる。


 他には…暇つぶしに隣国を小突いたりして滅ぼしかけたこともあったっけ。


 それほど私はこの国、いやこの世界の支配者だった。


 一応形だけ貧困に悩む民の様子を直接見に行ったりして王の仕事はちゃんとしているという事はアピールしたけどね。


 他の面倒事は臣下に全て任せ私は毎晩女を招き遊び歩いた。



 そんな頃だったか。が現れたのは。



 アイツと初めて出会ったのは正式に王に就任してから数十日後の事だった。


 いつも通り遊び疲れた私が眠りに入るとアイツは夢の中で現れた。


 アイツは私を罵倒した。

 私のやることなすこと全てを否定し私は間違っていると酷く叱責する。


 もちろん私は夢の話など真に受けるほど馬鹿では無い。

 その日はただの悪い夢だと全く気にしてはいなかった。


 だがそれからというもの、アイツは毎晩私の夢の中に現れた。


 雨の日も風の日も寝ないと意気込んだ日でさえ少し目を閉じると現れる。

 何か悪い病気にでもかかったのかと医者を呼んだこともあったが原因は分からなかった。


 次第に夢の中の住人…現実でいる筈もないアイツの事が私は頭から離れなくなっていった。


 私は何とか忘れようと楽しい思い出で上書きを試みた。

 しかし女と遊ぼうと賭け事をしようと変わらず私の脳をアイツは蝕んでいく。

 軽いノイローゼになっていた頃、アイツは夢の世界から現実へと進行を始めた。


 私の体を乗っ取ったのである。


 意識ははっきりとしているが体が全く言うことを聞かない。


 アイツは民に優しく接し、自ら苦しい道を選択する。

 今までの私と真逆の行動だ。

 どんな未来が待っていようと絶対に私はそんな事しないだろう。


ただ現実とは非情なものだ。


 次第に私の中で、アイツに体を乗っ取られる事が一日に何回か、一日に数十分、数時間と段々と増えていった。


 もちろん私は抗った。


 夜に夢の中でアイツと2人きりで話す時間。必死で交渉するもアイツは一切私の言うことを聞かない。

 私は王だというのに。


 結局私の抵抗虚しく意識さえも乗っ取られていった。



 ~~~



 そしてつい数日前、遂に私はアイツから体意識、全てを取り戻した。

 が、もう手遅れであった。


 たまたま近くを歩いていた近隣の住民に聞くと、どうやら私がアイツに意識を乗っ取られてから数十年の月日が経っていたらしい。

 今の私はしがない花屋を営んでいる、と。


 私が意識を失ってすぐ、アイツは民や使用人、他国の王にまで頭を下げて回った。

 そして自ら投獄され、数十年の刑期を終えて出所し今に至ると言う。


 私はその夜、夢の中でアイツを探した。

 アイツの行った行動の理由、アイツの正体、聞きたいことは山ほどあった。


 だがアイツは現れなかった。


 実を言うと私も少し察していた。

 アイツは私に体を返し、消滅したと。


 結局何もかも分からずじまい。


「アイツは……何だったんだ…?」


 深夜に目を覚まし、私は目の前の女性に質問を投げかけた。


 彼女は出所して仕事を探し歩いていた私を拾ってくれた、私の妻らしい。

 彼女は、私の話をたまに頷き静かに聞いてくれていた。

 彼女はその温かい手で私の頭を撫でた。

 彼女の体温が頭から伝わってくる。


「それは辛かったね」


 彼女は質問には答えずただ一言、私の語りの感想だけ言った。

 彼女の優しい口調に私は悲しみが溢れ出てきそうだった。


「私は…こんな幸せで良いのか……?」


 私は涙した。


 小さい頃、民や使用人にあんなに迷惑かけて苦しい思いさせたのにも関わらず私は今最愛の妻と静かにそれでも心地よい暮らしをしている。

 王位を継承して、民の現状を身近で見て初めて気が付いた私が今までしてきた事の残虐さとそれを受けてきた人々の苦しみ。

 私の一時の感情で犠牲になった人々の憎悪。

 そしてそれを私は嬉々として行っていた事。


 心から恥ずかしいと思った。


「あなたは立派なになったのね。人の心を理解出来る事は凄いことだよ。確かにあなたが行った事は何十年懺悔しても到底許せることでは無いわ。それでもあなたの心は確実に変わったの。王であるあなたが消えて数十年経った今、少しくらい幸せを感じてみてもいいんじゃない?」

「うぅ……ありがとう…」



 暴走する私を止めてくれたアイツはもう居ない。


 これからは私1人で罪を背負って生きていかなければならない。


 でも決して目を背けず向き合い続けなければならない。


 だって子供の頃の、かつて王だった私はもう居ないのだから。

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