第2章24話 余計

 人員が三人に増えた遠征は、テルが『オリジン』で補強した馬車でシャナレアに教えられた目的地に向かった。


 何度も人が通ってできた地面がむき出しの道を走る馬車だったが、途中からはそんな道さえもないような、人が近寄ることのない領域に踏み込む。すると、尋常じゃないほどに馬車が揺れ、快適な旅路とは呼べなくなっていた。


 セレスは馬の手綱を握るカインに何度も文句を言っていたが、やがて車酔いになってしまい、馬車のなかはほとんど静かだった。



 カインとセレスは、予想通りヒルティスとシャナレアから話を聞いてテルを追っていたらしくい。その際カインはシャナレアから、風印ふういんの場所を辿れるようにしてもらっているため、限りなく正確なニアの居場所を把握しているらしい。


「カインってそんなこともできたんだな」


 テルが感心したようにいうと、カインは苦々しく首を振る。


「シャナレアさんが凄すぎるだけだよ」


 実際それは謙遜ではなく、シャナレアが把握しているニアの風印を、風魔法でカインに伝達しているような状態で、カインは難しいことは何もしていないと素直に語った。


「なんであんなに助けてくれるんだろ」


「色々と、思うところがあるんだろうね」


 二人の独り言のような呟きは、馬車の揺れる音と風きり音で、互いにほとんど聞こえていなかった。しかし、頭の片隅には同じ人物の顔が浮かんでいた。



 日が沈むと、馬車を止めて野営をした。

 人里から離れているため魔獣が現れる可能性が高く、一人ずつ見張りを置いて順番に休むことになった。強敵との戦いが予想され、それに備え最低限の休息は必要だった。


 テルは焚火をぼんやりと眺めていると、急に背中をぱちんと平手で叩かれた。


「うわっ」


 テルの悲鳴が平原に響き渡ると、後ろからくすくすと無邪気な笑い声が聞こえた。


「ぼおっとしてないで、ちゃんと見張ってなさいよ」


 テルの背後に忍び寄ったのはセレスだった。口ぶりに咎める様子はなく、悪戯っぽくにやけ顔をしている。

 情けない声を上げただけで、戦闘態勢も取れなかったテルは、ぼおっとしていた事実に対して返す言葉がない。


「寝てなくていいのかよ」


「昼間車酔いでずっと寝てたから眠くないのよね」


 「ふうん」と相槌を打って、テルは火に新しく薪をくべた。焚火は強まるどころか少し弱まったあとに、少しだけ勢いを巻き返す。

 セレスはテルの隣に座ると、丸まるように座った。焚火に照らされてセレスの横顔も揺れるようにオレンジ色が映る。


「何でセレスは、ニアを助けようとするんだ?」


「……は?」


 だしぬけなテルの質問に、セレスの眉がピクリと動いた。昨晩、部外者扱いに対して怒りを露わにしていたというのに、今もその話をぶり返しているようで愉快でないのも当然だろう。


「だって、知り合ってちょっとしか経ってないじゃん。それだけなのに、殺されかけた相手とまた戦いに行くなんて、普通じゃない。……セレスは初めから変だったけど」


「余計なこと訊いてるのに、更に余計な言葉を添えてんじゃないわよ」


 そう口にしたセレスは一つ息を吐いた。テルが仲間外れにしようとしているわけではなく、むしろセレスを慮っていることを感じ取ったのかもしれない。


「……あんた、それで私が正気に戻って、やっぱり帰りたいなんて言い出したらどうする気?」


「はは、ちょっと困るけど。……それはそれで仕方ないだろ」


 テルの言葉は諦めというよりも、納得したようだった。わざわざ余計なことを言わなくてもいいだろうに、と内心呆れるセレスだったが、その生真面目さに対して怒りが湧くことはなかった。それに、セレスはきっとそんなことは言わない。


「私はね、やりたいこと全部やらないと気が済まないの」


 少し間を置いて口にしたセレスの言葉に、「知ってるけど」と言いそうになるのを堪える。


「可愛い服を来て、その上にあんなダサいローブを羽織るなんて、私は認めてないから」


 一体何の話なのかついていけないテルだったが、昨日の祭りでの二人で買い物をしていたときの話だと遅れて理解した。


「もう一回、いや何回だって一緒に可愛い服を来て遊ぶ。そのためなら命だって張ってやるわ」


「そっか」


 その言葉に嘘がないことは、ここ数日の付き合いだけでもわかってしまう。そしてそれが頼もしくもあり、テルは少しだけ口元を緩めた。


「寝ないんだったら、見張り代わってくれ」


「テルが寂しがってないかなぁっていう私の気遣いなんだから、自分の務めは果たしなさい」


 そんな、言い合いのような他愛のない会話をしていると、やがて、「寝てるから静かにしてほしいんだけど」と苛立たし気なカインも起きてきて、会話はさらに勢いを増した。


 そうして、雲一つない空に昇る朝日を迎えると、三人は再び馬車で走り出した。

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