第1章39話 逸らさない視線の先に

 ティヴァに踏まれるオオミズチは、再び喉元に光を集めている。リングを作っていた魔獣達は既に森に放たれてテルを捜索している、ティヴァは愉むより殺すことに重きを置いるのがわかる。


 もし、魔獣が遭遇すれば、騒ぎはすぐに伝播するだろう。そうなればオオミズチが熱線で魔獣諸共塵にしてすべて終わりだ。


 ティヴァは自分の作戦に穴がなく完璧であると念じ怒りを沈めていたが、無意識にしている貧乏ゆすりでオオミズチの頭が小さく震えている。


 魔獣は徐々に捜索範囲を広げていくがテルが見つかる気配はない。飛行型魔獣も数匹放っているので、走って逃げるなら目につくはずだ。それでも見つかっていいないなら、おそらくすぐそばにいる。


 じきにオオミズチが発射の準備が終わる。ティヴァは近辺を全て燃やしつくさんとオオミズチに命じるのみだった。


 そのときオオミズチのすぐそばの茂みが揺れた。こんな場所に魔獣はいないことがわかっていたティヴァは大きく舌打ちをした。


 灯台下暗しとはこのことだ。茂みから飛び出したテルにティヴァは罵声と浴びせる。


「くたばれクソったれが!」



 現れたテルは剣を持っていない。その代わり紙で包まれたような球のようなモノを持っており、それは短く飛び出た縄の先に火が灯っている。



「口を閉じろ!」


 大口を開いて今にもテルを焼き殺す準備をしてるオオミズチに、ティヴァは命じたのと同時にテルは球を投げた。


 大きな爆発が起こった。凄まじい威力であり、もしオオミズチの口内で起こっていたらオオミズチは死んでいただろう。


 ティヴァは少し焦げたオオミズチの頭を撫でながら安堵した。当然ティヴァにも深いダメージはない。


 テルの切り札は不発。ティヴァ達の被害は軽微。勝敗は明らか。


 この煙が晴れたらその時があのクソ人間の最期だ。


 爆弾に驚かせられはしたが、最期の切り蓋を潰したうえでの完全勝利に思わず口がにやけた。


「ざまあみろ、お前は失敗したんだぞ」


 今頃人間は絶望しているだろう。そんな絶望を堪能して味わって弄んで、そのあとで殺すのだ。

 しかし、ティヴァが顔を上げると聞こえてきたのは、惨めな泣き声ではなく、勇ましい雄叫びだった。


「うおおおおおおおっ!」


 爆発によって生まれた煙から、大きな跳躍によって姿を現したテル。その手には剣を持っている。


 あまりに予想外の展開にティヴァは反応が遅れはしたが、すぐに人間の足掻きを鼻で笑った。こんな自暴自棄の突貫でなにができるというのか。 


 ティヴァもオオミズチも硬直するその刹那、テルはオオミズチの左目に深々と剣を突き立てた。


 耳障りな悲鳴。


「馬鹿か!この程度でアタシの魔獣が死ぬわけがっ─────」


 ティヴァが叫び終えるよりもさきに、小さな金属音がして、テルが口角を上げた。


 目の前の矮小な人間が、何故勝ち誇った顔をしているのか、ティヴァには理解できなかった。力も弱く、頭も悪く、少しでも自分より優れていることなんてないはずなのに。


「─────だから足元を掬われるんだよ、ばーか」


 ドンッと音をあげて、オオミズチの頭部が爆ぜた。空中に投げ出されたティヴァは何が起こったのか理解できず目を丸くしたまま、頭のない蛇の胴体とともに地面に落ちた。

 



 時は少し遡る。


 テルとカインが騎士庁舎から出発する少し前、シャナレアは馬や食料などをテルたちに支援してくれたが、テルがなにももっていないのを目に気づくと「武器庫から好きなものを持って行っていいよ」と気を効かせてくれた。


 テルはパーシィの案内で武器庫に足を踏み入れた。

 武器庫には色々な種類の武器が保管されていた。


 テルは適当な武器を手に取ったとき、ふと黒い砂のようなものが目についた。小さな袋が破れすこしだけこぼれ出ている。当然テルの異能ではない。


「なんだこれ?」


「え? ……火薬だ!? まずい、なんでこんなところに……」


 覗き見たパーシィはああでもないこうでもないと頭を抱え始めたが、テルは別のことを考えていた。

 以前『オリジン』で火薬を生成しようとしたときは失敗してしまった。その原因は火薬という物質を上手くイメージできなかったからだ。


 テルは火薬を触り、匂いを嗅いで、少し舐めてみる。


「うえ、まっず」


 思わず吐き出してしまい、パーシィが信じられないような物を見る目でこちらを見ている。


「なんで火薬食べてるんですか、任務が嫌すぎたんですか? 火薬じゃ死ねませんよ!?」


「待って待って、誤解なんだ」


 テルは苦い顔をしながら、騒ぎ出すパーシィを窘めた。しかし、機転の利いた言い訳も思いつかないので、疲れすぎて正気を失ってた、などと口走ってしまった。


「たしかに、そういうこともありますよね」


 いや、ないけど。と言いそうになるのを堪える。

 下手な慰めの同意ではなく、割と真剣な共感を感じたテルは、若くして苦労をしているパーシィに同情した。


 その後、パーシィは火薬を処理をして、テルは客室に戻った。テルは試しに掌に魔力を練ると、黒い砂が溢れでた。見た目の違いが少なく始めはピンと来なかったが、硝煙の匂いがした。


 そしてそれこそが、テルが爆弾に用いた火薬だった。



  

 テルは火薬という武器を手に入れたときのことを思い出しながらゆっくりと立ち上がった。


 簡易的な爆弾で相手の視界を邪魔し、爆弾を仕込んだ剣をオオミズチの眼球の内側から爆発させることでオオミズチを仕留めて見せたのだ。


 しかし、爆弾の衝撃に巻き込まれたテルは、勢いよく地面に叩きつけられたことで、左腕が大きく腫れあがっている。いまは脳内に溢れた興奮物質であまり痛みを感じないが、折れているだろうと経験則でわかる。


「早く、逃げなきゃ……」


 オオミズチは頭の内側から爆発したのをこの目で見たが、今のでティヴァが死んでいるとは思えない。


 とにかく木が生い茂って身を隠しやすい場所に逃げるため、必至に足を動かす。


「逃がすかあぁぁっ!」


 肌が痺れるような怒号と、徐々に近づく足音。


 やはりティヴァは生きていた。

 テルは振り返ると、目の前にいるぼろぼろになったティヴァが恐ろしい形相で、獣のように長い爪をこちらに向けている。


 テルは咄嗟に手から唐辛子の赤い煙を噴き出す。


「ぎゃああああ!」


 ティヴァは飛び出した勢いでそのまま地面に転がり、顔を擦っている。


「クソクソクソっ! 絶対にぶっ殺してやるぞ!」


 そんな罵声もテルのほうは向いていない。いましかない。


 テルは走った。


 燃えている森は逆方向。視界不良で生き延びるための唯一の道まで、あとほんの少し。


 テルはただひたすらに走った。だから些細な違和感に気づくのが遅れてしまった。

 巨大ななにかを引きずったような跡、不自然に倒れる木々、目の前に透明ななにかがいる。


 気づいた時にはもう遅い。


 巨大な質量がテルに激突し、体がボールのように跳ねて転がる。


「ち、くしょう……」


 油断をした浅はかな自分への呆れと怒り、そして無慈悲な運命へのありったけ呪いを込めた言葉が口から洩れた。


 大蛇を倒せば、テルにとって大きな障害はいなくなると思っていた。でも違った。どうして気づかなかった!最初にカインを連れ去った大蛇がもう一体いたじゃないか!


「許さねえ。絶対に許さねえ。今すぐにぶち殺してやる。もう遊びは終わりだ。ぶち殺してぶち殺してぶち殺してやる!」



 テルの背後からゆっくりと近づくティヴァの目は真っ赤に充血し、額から血が流れている。

 その鬼気迫る表情、溢れ出る濃密な魔力はその言葉がなくとも十分な殺害予告であった。


 ここで終わりなのか?


 テルは自分に問うた。ほんの少し前には、死ぬなら一泡吹かせてから中指を立てながらがいい、なんてことを思っていた。死にかけるのも三度目だ。だから少しは見栄を張れるのではと思った。だが、だめだ。心も体も死ぬなと絶叫を上げている。まだ死ねない。死にたくない。まだ何もしてない。やらなくてはならないことが残っているのに!


「死ね」


 ティヴァが短く告げる。あの凶悪な笑顔も、この無慈悲な一言の前ではましだったかもしれない。


 オニミズチがティヴァのそばに移動すると、大きな口を開き魔力を込める。


 テルは歯を食いしばり、向けられる殺意に睨み返す。最後まで死を拒絶したテルは、瞳を閉じてその最期ときを待つようなことはしなかった。


 最後まで諦めないで眼を開いていた。故に、巨大な岩塊がオニミズチとティヴァを押し潰す、その瞬間を見逃さなかった。

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