第1章12話 セントコーレル
「明日街に行くぞ」
昨日の晩、唐突にそう言われたテルは、今まさにその街に立っていた。
テルの住む家から少々歩いたところにシャダ村という小さくない村があるが、そことは比べ物にならないほどに大きな都市だ。
「で、でかい」
コーレル地方の中心街セントコーレル。石造りの門を通り抜けた途端に広がった、背の高いレンガの建物と石畳の街並み、それらを前にしたテルは感嘆の声をもらした。
馬車が往来する車道と人が歩く歩道の区別があり、道路の脇には賑やかな露店のような作りの店が立ち並んでいる。
シャダ村からここに着くまでの間でも、トラックのような馬車を牽く巨大な馬に歓喜し、
「これって魔獣じゃないの?」
などと素っ頓狂な質問をリベリオに浴びせ、周囲から冷たい視線を向けられていた。それでも、初めて見るものに対する熱は留まることを知らない。
「人、多いな」
足を止めて店を見る人、目的地に一直線な人、立ち止まり雑談に興じる人と色々な種類の人が、村とは比べ物にならない程にいる。
「ほら、置いてくぞ」
リベリオの声が聞こえ、振り向くと既に歩き出していた。
「どこに行くの」
「騎士庁舎。魔獣狩りを仕切っている組織に、魔獣狩りの認可を貰いに行く」
観光気分でいたテルは、目的が公的な手続きをすることだったと知り苦い顔をする。
大通りをまっすぐ進むと、ずば抜けて大きな建物がいくつか屹立しており、リベリオはその中で特に目立つドーム天井の建物に躊躇なく入っていった。
自分がこの建物に入ってもいいのか不安になり、自分と似たような服装背格好の人を探しながら歩く。
高い天井と、広いラウンジ。最低限の装飾品は、反対に上品さを醸し出しており、一見すればテルは場違い極まりない。しかしそうならないのは、リベリオをはじめとした魔物狩りで賑わっていたからだ。
「ここが騎士庁舎だ」
「そういえば、なんで騎士?」
「騎士庁が魔獣狩りの管轄で、魔獣狩りの正式名称も騎士だ」
騎士の化け物退治といえば確かにしっくりくるが、リベリオと騎士という二つの単語が結びつかない。
「おい、こっちだ」
リベリオはいつの間にか歩き出していて、油断すれば迷子になってしまうほどの広さと人の多さのなか、テルは急いでついて行った。
「推薦状と認可証、確認いたしました。こちらがテルさんの認可証です」
受付の女性がにこやかに差し出したのは、掌サイズの黒い手帳のような物だった。
「魔石の換金にはこちらの認可証が必要なのでご注意ください」
リベリオはそれを受け取ると素っ気なくその場をあとにする。
「これでテルも一応魔獣狩りだ」
ラウンジの大きな柱の下、テルは渡された認定証を受け取る。
「これで魔獣を狩りにいけるんだ」
「狩るだけなら、
「いまさらだけど、リベリオってかなり説明がいい加減だよな」
テルは眉を潜めてリベリオを見上げると、「俺、魔獣狩りのことなんにもしらないぞ」という文句を言う。リベリオは返す言葉がないとばかりに口をもごもごさせた。
二人は騎士庁舎を後にしても、リベリオはなかなか口を開かなかった。
「そもそも魔獣ってなに」
自分から訊いた方が早いだろうとテルが質問をすると、リベリオは「ああ」と納得したように声を出す。
「さっきの大きな馬は動物だったんだろ。魔獣と動物の区別ってどこにあるの?」
「そうだな、一番の違いは魔獣が死ぬと灰になって魔石だけ残るってところだな」
「灰?」
首を傾げるテルは遭遇した人狼を思い浮かべる。テルはあの後すぐに気絶してしまったため、魔獣が灰になった瞬間を見ていない。
「魔獣は生物ではあるんだろうけど、生態がほとんどなにもわかってないんだ。何故か現れて何故か人を襲う。この国はそんな魔獣が異常なほど発生するんだ」
ソニレ王国。通称獣国ソニレ。際限なく魔獣が発生する国だが、魔獣は死んだとき人間に生活に欠かせない魔石を落とす。故に、ソニレは魔石産出国世界一であり、輸出によって世界中から利益を得ている。魔獣は国を豊かにしているという側面もあるのだ。
しかし、そうなると密輸などの問題も発声するため、魔石の売買は国が管理し、そのための認可であるとリベリオは言う。
「認可がないと魔獣を狩っても、稼げないってことだ」
「なるほど」
テルは貰ったばかりの認可証をじっくりと眺める。あまり高級なものではなさそうで、簡単な黒文字で数単語書かれただけのものだ。
「
「別に読めなかったんじゃないし」
テルはきまりが悪く顔を逸らした。実際読めなかったのは図星だった。
「武器を持っている人も皆騎士なんだ」
「コーレル地方は魔獣の発生数が多いから、騎士も多くなる」
人が武器を持ち、人が魔法を使い、人が何かと戦っている。すれ違う人達の生活をなんとなく思い浮かべると、いまさら自分が異世界にいることを実感してしまう。
「そういえば亜人とかっていないの?」
だしぬけにテルが言うと「は?」と聞き返される。
「ほら、動物の耳が生えた人とか羽が生えた人とか」
真っ向から否定されるんだろうな、という確信をリベリオの表情から感じ、説明する声が徐々に小さくなる。
「んなもんいるわけねえだろ。御伽話じゃあるまいし」
案の定の言葉に「ですよね」と不貞腐れるテル。魔法と獣耳もテルにとってはどちらもおとぎ話である。
しかし、そんなテルをよそ目にリベリオは「『魔人』はいるけどな」と小さく付け加えた。
「『魔人』?」
テルが聞き返すと真面目な顔を真っ直ぐ前に向けている。
「魔獣の人間バージョンってこと?」
「まあ、大体合ってる」
リベリオは少し間を置いて、簡潔に答えた。
「一番怖いのは人間」なんて言葉が頭をよぎった。テルを襲った人狼も胴体は人間だったことを思い出し、背すじに嫌な感覚が走る。
「悠久の時を生き、人の姿をした人ではない存在。とにかくヤバい奴らだ。遭遇したら死ぬ気で逃げろ。運がかなり良ければ助かる」
「そこまで?」
出会ってしまったら最後というような大げさな物言いに内心鼻白むような気持ちになった。
「それってなんかの寓話? 寝るのが遅かったり悪いことをすると食べられる、みたいな」
「現実の話だよ。ほとんど人前に現れないけど、実在する」
「……どんな見た目?」
リベリオは何とも言えない、難しそうな顔でこちらを見返すので、テルは自分が何か見当違いなことを行ってしまったのではないかと焦る。
「残念ながら、見た目はまんま人だ」
「……なるほど」
テルは道行く人が急に怪物のように暴れだす様を想像し青ざめた。確かにそれは助からない。
「リベリオは会ったことがあるの?」
「ああ、何度かな。その度、死にかけては運良く生き延びてる」
「運良く……」
重い言葉を受け止めるためにテルは反芻する。
「人は運が悪いだけで死ぬ。その確率を減らすのが魔獣狩りの本質だ」
放置していれば人を襲う生物を駆除する。扱うものは自分の命だけではないのだ。
「まあ、なにはともあれ、テルはもう魔獣狩りだ。初めのうちは自分の運が良いことを祈るんだな」
リベリオの言葉を裏返せば、運が悪ければあっという間に死ぬという警告のようなもので、テルには手にある認可証が酷く重いものに感じられた。
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