第3章 王都大決戦
第3章1話 ファミリア
何処かの国の、何処かの建物、そこから深いところへと誘う階段を下りた先に、その部屋はあった。
本来は豪華なはずなのに、照明がないせいで禍々しさを発する、巨大な扉。そのさきにあるのは有体に言えば会議室だった。しかし、あまりにもバランスが悪い。一人の声が届くとは思えない大きすぎる空間に、その大半を埋め尽くす大きなテーブル。なのに点在する椅子の数はたったの十三脚のみという歪な作りをしている。部屋の隅々に象られた彫刻があり、昔は宗教的な意味をもっていたのかもしれない。
そんな不可解な部屋の最奥で、痩身の紳士がご機嫌に鼻歌を奏でている。瞼を閉じるほど浸っているのは、大昔に作られたという誰も知らない旋律だ。もしかしたら、自作の曲なのかもしれないが、そんな質問を彼に投げかける者は誰もいない。
地響きのような不気味な音が響く。耳を澄ませると、小さく鐘の音が聞こえる。この地響きは地上にある鐘の駆動部分の音だ。
痩身の紳士はそれを聞くと鼻歌を止め、目を開いた。
「おや、もう時間か」
すると紳士は立ち上がって姿勢を正し、真っすぐに顔を上げた。会議室に座る数人の顔見知り。統一感のない顔ぶれは、全員が
「諸君、今日はよく集まってくれた」
はっきりとした声が、堂内に響いた。
その声で、その場にいる者たちの背筋に緊張が走る。席に座るそれぞれの魔人たちが、自らの首領に視線を送っている。
紳士は、その顔ぶれを一度に視界に収めながら、仰々しく宣言する。
「では、これより『
『
数年、あるいは数十年に一度、彼らは会議を開くが、その組織自体に主だった目的はない。しかし、所属する魔人は、ただひっそりと暮らすヒルティスやニアなどとは違い、目的の有無を問わず人類の殺害に躊躇いのない魔人だけが集められた、非人間的な集団だ。
秘匿された組織にも思えるが、『
そしてそんな、
「進行を務めさせていただく、議長である『血』の魔人、ダンテだ。久々の再開、心から嬉しいよ」
灰色の髪を切り揃え、上等な衣服を纏ったダンテがそこまで言って、ゆっくりと席に着くと、順番に黙りこくる魔人たちの顔を見やる。視線を向けられた魔人たちは、怯える者、動じない者、無関心な者と、様々な反応を見せた。
「ふ、ふふっ、ハハハハハハハハハハっ!」
唐突に笑い声をあげるダンテ。
「いや、失礼。全員に招集をかけて、集まったのが五人とは……」
笑うのを止めたダンテが、手を組んで押し黙る。魔人たちが座るテーブルには、十三の席が設けられている。しかし、空席が半分近くあった。そもそも現在のファミリアのメンバーの総数は九人だけであり、定員まで四人足りていない。しかし、それを以てしても、半分近くが欠席しているのだ。
片手で顔を覆ったダンテは、「全く、どうなっている」と独り言を繰り返す。高ぶる感情に伴って、彼の纏う尋常ではない魔力も波打っている。
常人が見れば、それは火のついた爆薬に思えるだろう。しかし、ダンテ以外の魔人は
「まさか、まさか、こんなに沢山の同胞が来てくれるとは、余りにも嬉しい誤算だ!」
ダンテは、予想以上の出席率の高さに歓喜していた。
魔人、それは人の枠から逸脱した人類の敵。
味方と呼べるものはほとんど存在せず、誰かを尊ぶ必要性がない猛獣。それ故、彼らに協調性などと呼べる代物は一切持ち合わせていないのだ。
そんな前提のもとに作られた
ダンテともう一人だけの会合になることもしばしば、誰も来ないことも少なくない。
それを見越したダンテは、招集令に『今回ばかりは何としてでも出席してほしい』と熱烈なメッセージを添え、その結果、数百年振りの賑わいになったのだった。
咳払いを一つして、ダンテは居住まいを正した。ダンテは一人ではしゃいでいたが、周りの魔人が冷静であることに気が付いたのだ。
「ワタシが脱線したときは、遠慮なく口を挟んで欲しい。ほら、セセラルなんて読書を始めてしまった」
ダンテがおどけたように言う。セセラルと呼ばれた魔人はゆっくりと瞬きをして、そのまま視線を上げずに本を閉じた。
「人数が多いのは慣れない者も多いだろう。今の冗句にも誰も無反応とは、少し肩の力を抜くといい、ハハハ」
場を和ませようと試みるダンテを冷ややかな空気が包む。セセラルを含めた魔人たち全員、くすりとも笑う素振りはない。
『血』の魔人、ダンテ。
それは、最も長い期間生き続ける最古にして最悪の魔人。有史以来から存在する魔人であり、すでに千年を生きた正真正銘の化け物。千年にわたり、悲惨な出来事を幾つも起こしてきた、全人類の敵。
そんなダンテは、知識や戦闘力などあらゆる場面で優れた能力を持っていたため、
そして、彼には致命的に人望がなかった。
「喜ぶのもここまで、そろそろ本題に移るとしよう」
一人しか発言者のいない会議の場で、続かない話題を断ち切ったダンテが真剣な面持ちになる。
「例のごとく、我らが主より勅命を賜った。……しかしだ」
このとき、ダンテは初めて眉の皺を深くする。
「主役であるあの姉妹が、悲しいことに欠席だ」
そういって視線を向けたのは、等間隔で並ぶ椅子の中で、唯一密着したように置かれた椅子だ。
ダンテにとってはその二人こそが大本命であったため、これまでの苦労が水の泡になり、それを嘆くように背もたれに体重を預けた。
しばらく考え事をしたダンテは、またも無駄に独り言を響かせると、堂内を見回し、青年風の魔人の名を呼んだ。
「そうだ、ゼレット」
「え、はい」
自分の名前を呼ばれるのが想定外だったゼレットが、間抜けな声を上げて顔を上げた。若々しさがある紫色の髪と瞳の色を持つゼレットに周囲の意識が集まる。
「君に任務を命ずる」
「はっ。……代理ということでしょうか」
情緒を乱すダンテに、動じなかった彼は今度もこれといった反応をせずに、詳細を尋ねた。その反対に周囲の魔人たちは皆、自分が指名されなくてよかったと安堵している。
「いや、まったくの別件―――いや、お膳立てといったところかな」
「?」
迂遠な物言いに、ゼレットは一瞬首を傾げたが、すぐに自分の柴の前髪を手で
「なんにせよ、お任せください。このエリート中のエリートが華麗に遂行してみせましょう」
自身に漲った佇まいで、胸に手を添えて、礼儀的なお辞儀をする。自らをエリートと自称する魔人ゼレットは、嫌な上司の仕事を嫌な顔をせず承る自分に陶酔しており、また、そんな仕事もそつなく
「うん、君の言葉はいつも大げさだが、とても聞き心地がいい」
ダンテは一枚の畳まれた真っ赤な紙を取り出す。その紙を放ると、不自然な軌道でゼレットの元まで届く。ゼレットはそれを受け取ると、懐に仕舞った。
「人の名を冠しながら、同胞に仇なす裏切り者として、君の活躍に期待している」
ダンテの激励に、ゼレットが最敬礼を以て、会議室を後にする。大きな音とともに扉が閉まり切ると再び広々とした空間は沈黙に包まれた。ゼレットの姿が完全に見えなくなるまで視線を送っていたダンテは、何かに思いを馳せるように目を瞑る。
「ゼパル」
ダンテがその名を呼ぶと、老年に差し掛かった見た目の屈強な魔人が返事をした。
「なんだ」
彼もまた、古い魔人であり、ダンテとの関わりも(望んでいるかどうかはさておき)長かった。
「ソニレは、国が建ってどれくらい経ったかな」
だしぬけな質問に眉を寄せたゼパルだが、ため息をついて渋々答える。
「千年だ。正確には九四伍年」
「そうか……」
ダンテとソニレ王国の関りは、かなり深かった。語れば必然的に長くなる思い出を振り返り、ダンテは思わず言葉をこぼす。
「遂に獣国ソニレも滅びの時を迎える。しかと見届けようじゃないか」
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