第1章4話 魔法に挑戦

 白っぽく大きなレンガ造りの家は、建物だけ見れば倉庫に思えるような無骨な作りをしていた。内装も外装も石作りが多く、木は柱や梁など僅かな部分でしか使われていないようだ。


 家の周りには背の低い草が生える丘があり、そこから離れた場所に人が暮らす灯りがいくつか灯っている。しかし、近所の人と呼べるような別の民家は一つもない。この家はリベリオが言っていたシャダ村のなかでもかなり外れにあるのだろう。

 

「さてこの辺でいいか」


 説明もなくただついてきたテルは一体何をするのかと黙って待っていると、リベリオはオレンジ色に光る石のような何か懐から取り出しを宙に放り投げた。すると、石は明かりを発する翼のようなものを広げ、リベリオの周囲を旋回するように浮遊する。


 リベリオの周囲だけが、翼の明かりで照らされている。

 感嘆の声が喉元まで飛び出しかけた。リベリオは特に何ともないような顔をしておもむろに地面に手を向けた。


 どどっ、と小さな地響きのような音のあとに、地面が腰くらいの高さまで隆起した。リベリオはこれくらいかというようにテルに目をやる。


「俺は土属性だから、あんまり派手なことはできないんだ」


「属性……」


 呟くように復唱すると、リベリオは頷く。


「そう、魔法の属性には炎、水、土、風の基本四属性と神聖属性の五つがある」


「神聖?」


 テルはそういって首を傾げる。よく聞くような四つの属性は理解できたが、最後の一つだけは聞き覚えがなかった。


「治癒に特化しているのが神聖魔法だ。この属性を使えると一生飯を食うのに困らない」


「へ、へえ」


 神聖と一番神秘的な名前だというのに、ロマンに欠ける実用的な評価で反応に詰まってしまう。


「人は生まれたときから適正属性が決まっていて、基本的にその属性以外は使えない。試しに『魔力』を練ってみろ」


 またしても聞き馴染みのない言葉にテルは再び首を傾げ疑問符を浮かべる。リベリオは口には出さないが、面倒くさそうだ。

  

「『魔力』は、生命力みたいなものだ。魔力さえあれば、魔法の才能がなくても魔道具は使える。ていうか、魔力がない生き物なんていない」


「魔道具っていうと」

 

 テルはそこまで言って、リベリオの周りを浮遊している石に目を向ける。


「ああ、これは『ファイアフライ』っていう魔道具だ。勝手に後ろをついてきてくれる松明みたいなものだ」


 リベリオがテルに説明するために歩いて見せる。すると、ファイアフライは従順な犬のように後を辿り、リベリオが止まれば同じように止まった。


「それで、魔力を練るっていうのは、魔法行使の準備みたいなものだ。湧いてくる力を掌とかの一か所に集中して、感覚的に扱いやすいようにすることなんだが……」


 噛み砕いた説明を受けたテルは、掌に力を込める。うなるようにして掌に力を集めるイメージをすると、次第に掌が熱を帯び始め、湯気を鷲掴みにしているような奇妙な感覚が湧く。


「うわ」


 未知の感覚にびっくりして意識が散り、掌のもやのような熱がすっと消える。


「次はそこから魔法を使ってみろ」


「どうやって?」


「これはあくまで俺のイメージの仕方なんだが、魔力を自分の色に、自分の血で染めるイメージをしてる」


「血で染める?」


「ああ。手に集まった魔力、そこに掌をナイフで切って魔力に血を流し込むのを想像するんだ」


「わかった」


 テルは頷くと、もう一度掌に魔力を集める。掌を中心に湯気が溜まっているような感覚が広がる。


 そこへ、頭の中で自分の掌から血がにじむイメージを思い浮かべる。最近は血みどろなことが多かったから容易だった。そして、その血まみれの手で、魔力の塊に手を伸ばす。


「あ」


 テルの透明の魔力が、突如としてまったく別のものに変成していく。

 

 魔力だったものはみるみる形を変える。未知の力を貯えた力は、大きく飛び上がる為の助走をするように、収縮し、勢いよく溢れだした。


 急に何か恐ろしいことが起こる予感に駆られ、目をつぶって体を仰け反らせる。



 ざざぁ。



 身構えていたテルの耳に入ったのは、小さな粒が流れていくような音だった。閉じた目を開くと、手からさらさらと黒い砂の粒が流れ出ている。強くも弱くもない勢いで絶え間なく掌から生成され続けている。


「おお、魔法使えてるじゃねえか。魔法がまるで使えない人間もざらにいるからな」


「・・・・・・これだけ?」


「うん?」


 現実を受け止めきれないテルが目を虚ろにして、ゆっくりとリベリオに視線を向ける。


「イメージと違ったというか、もっと火の球とかが出てくるもんだと思ってたから」


「魔法は使えるだけ損はしないが、さっきも言った通り、才能が物を言う世界なんだよ」


「……」


「まあたしかに、それだと魔獣狩りは厳しそうだな」


 危険な仕事を押し付けられずにすんだテル。しかし、落ちた気分がどうしてか晴れない。掌から落ち続ける黒い砂に、半口を開けて視線を注ぐテル。


「どうした?」


「いや、なんでもない……」


 リベリオは不思議そうに肩を落とすテルを見ている。

 テルの魔法の才能から早々に匙を投げたリベリオを見ると、きっとこの先どれだけテルが努力しようと、憧れていたような魔法を使うことはできないであろうことを悟ってしまった。


 こうして、テルの魔法使いへの憧れは潰えたのだった。

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