第2話

 でなければ、どうして、風が、被れたページの紙片なんかを攫っていこうとするのか。日焼けし、色あせた紙の部分を持っていたところで、何もありはしない。ましてや、ゴミになるだけのはずの存在なのだ。なのに、季節に関係なく部屋を訪れては、ボロボロになった本をめくり、破けたところを持っていく。その理由は、全くと言っていいほど、不思議だった。だが、そこに深い理由などなかった。風は、ただ単に移動しているだけなのだ。変色した紙切れを持ち去るのは、偶然だと言ってもいい。風もまた、この部屋の本と同様に、意思などなかったのだ。


 もちろん、それは、埃や部屋なども同じだろう。つまり、生物でなければ、意思を持つ必要などないのである。この部屋の中にある一冊の本は、そのいい例だ。光に当てられ、風に吹かれて、本でなくなる時をひたすらに待てばいい。ただ、その瞬間がいつになるかは、はっきり言って分からない。だが、そんなにすぐという訳でもないだろう。本の形が崩れ始めるその時に、初めて考えればいいだけのことだ。


 しかし、この本には何も書かれておらず、何も描かれていない。黄色く変色しかかったページにはシミがつき、ページの間に挟まった小さな埃が、薄い本を少しだけ重たくしている。だからこそ、本の変化は紙の劣化でしか、判断できない。滲んだインクも、色あせた絵もないこの本には、思い出さえもないのだから、それでいいのかもしれないが。


 それにしても、この部屋は何に使われる予定だったのか。誰かが買ったらしいこの家の部屋には、一冊の本。この本には、先ほども言った通り、文字も絵もない。だが、そこに意味があるとしたらどうだろう。きっと、この本は、家を買った誰かがアルバムか、日記にでもするために、敢えて白紙のまま、存在し続けているのでは。それが正解だとしたら、この本は、誰かが買った直後に、突如として、部屋の中に現れたということになる。一体、どうやって?その疑問に答える者は誰もいない。この家を買ったという誰かは家に来ず、この部屋の中の埃や、本は思考しないからだ。


 部屋の中に入る風が埃を運び、外からの光が部屋を薄暗く照らす。そのたびに、本は古びた状態になり、室内はどんどん埃まみれになっていく。それだけの日々が、繰り返されるだけで、部屋の様子が突然、大きく変わるなんてことはない。むしろ、部屋の中では、それが日常で、当たり前。驚くべきことがあるとするなら、そんな日常を壊す、破壊の音が聞こえ始めたことだった。

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