部屋の中の本

刻堂元記

第1話

 光が差し込む薄暗い部屋の中に一冊の本が置かれていた。別に誰かが読んでいたわけでも、誰かが読もうとしているわけでもない。ただ、いつからか分からないが部屋の中に置かれていた。それだけのことだった。


 そして、この部屋にも、特に持ち主がいるわけではない。誰かが買ったらしいこの家は、誰も住むことなく、長い間、放置されている。つまり、この家の住人は最初からいないと言ってもいい。この家にあるのは、一冊の本と、それをうっすらと覆うように部屋中に積もっている埃だけだ。だから、この家には何もない。誰かが住んでいるならあるはずの扉も、窓も。部屋の天井辺りにある小さな穴から、光が届き、たまに風が迷い込むくらいで、それ以外にこの家に入るものは、皆無だった。時々、家の外の壁を這うようにして登ってくる虫などはいたが、部屋には入らず、全て帰っていった。


 なにものにも認知されない孤立した部屋。そう表現するのが、適切なのだろう。一体、どうして、こんな風になってしまったのか。それを知る可能性があるのは、いつからか置かれている一冊の本のみであった。しかし、この本には意思がない。部屋の中に存在することそのものが存在意義であり、それ以上のことは何もしていないし、何も覚えていなかった。だけど、大した問題ではない。部屋に来るものは誰もおらず、部屋の中にあるのは大量の埃と、一冊の薄い本だけなのだから、本に意思があろうとなかろうと、関係ないと言えば関係ない。重要なのは、時期は不明だが、本が部屋の中になかった時期もあるという、その事実だけ。あとのことは、何も分からない。強いて挙げるならば、本がなかった時の部屋の方が、今よりも綺麗であったという、もう一つの事実があるが、言うまでもなくどうでもよいことだった。


 だが、時にも部屋には変化が訪れる。風である。外界へと繋がる小さな穴から入り込んでくる風は、水分を湿らせてくることもあれば、熱気を纏ってやってくることもある。そうして、部屋に風が吹き込むたびに、埃は勢いよく舞い上がり、雪のように落下する。そして、風に撫でられた本のページは、パラパラとめくられ、違うページを開く。それは、風がある時限定の現象なのだが、そこにも小さな変化というのは、やはりある。風が吹くたびに、埃がページの間に挟まるせいで、少しずつ、めくれるページ数が減っていくのだ。しかし、不思議なことにページの間に落ちて挟まる埃の量は、均等にはならず、どこか偏りがあった。きっと自然のイタズラなのだろう。どこの誰とも知らぬ誰かが仕掛けたイタズラが、このような不均等な結果を招いたのだ。絶対、そうに違いない。

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