一五匹

 返せ。

 全部、返せ。

 全部、全部、返せ。

 お前らが喰ったもの、全部、全部、吐き出して、返せ。

 返せ。

 日山は喰われていた。日山は日山ではなかった。日山は既に、闇の魔物に食い尽くされていた。日山は喰われていた。だからこれは、敵討ちでもあった。日山は友だちだった。いいやつだった。なんで日山がこんな目に。許せない。怒りが沸いた。憎悪の怒りが沸々と、尽きることなく沸き上がった。

 目から、鼻から、耳から口からへそから穴から、皮を破ってやつらが出ていく。一匹も逃さない。全部潰す。全部潰す。全部潰して吐き出させる。奪ったものを、取り返す。喰われたものを、返してもらう。返して死ね。返して死んで、死にさらせ。

 皮だけとなった日山が跳ねる。虫を叩いたその下敷きに、皮の日山がちぎれ飛ぶ。日山のそれと虫のそれとが、混ざった液が飛び跳ねる。口に入った。目にも入った。けれどまだまだ終われない。だってやつらは生きている。生きてる限り、光は遠い。この手でなごみを、抱きしめられない。

 だから死ね。死ねよ虫。死ね魔物。死ね魔王。死ねよ魔王。死ねよ死ね――――。


「……コイフミ?」


 ……土家?

 土家が来た。ぼくに触れずに土家が通った。揺れるマフラーはためかせ、分厚い手袋で日山に触れた。皮となった日山を抱いて、頭をうずめてひとつになった。

「……ちがう」

 そこに在るのは、一塊の完全で。不純なものなど見当たらず。

 そこに虫など、いるはずもなく――。

「虫が――」

 土家が、つぶやいた。


 返してよ。


 飛び出していた。走っていた。訳も判らず駆け出して、訳も判らず叫んでいた。

 違う。ぼくは殺していない。虫がやった。虫が日山を喰った。虫が日山を殺したんだ。だから殺したんだ。だから虫を殺したんだ。奪われたものを取り返すために、返してもらうために殺したんだ。だから日山は殺されていたんだ。ぼくがあいつを殺す前に、日山は既に殺されたんだ。侵されなぶられ殺されたんだ。殺される理由があったんだ。喰われた原因があったんだ。それはなんだ。なんだ。日山はなんで喰われたんだ。

 タピオカだ。虫の卵だ。

 ――ああ、なーちゃんが危ない。

 空から雨が降ってきた。雨ではなかった。虫だった。虫の雨が、空から無数に降り注いできた。地から這い出てきた。アスファルトを割り、木々を割り、道行く人々を割って虫どもが、地へと侵攻を開始した。地面は蠢く河と化し、日の輪はその輪を齧られ堕ちた。空に残った残月も、抵抗虚しく闇に呑まれた。すべてが闇に呑み込まれた。世界は闇に支配された。それでもぼくは、行かねばならない。

 なーちゃん、なーちゃん、なーちゃん、なーちゃん。

 ぼくの幸福。

 ぼくの希望。

 ぼくの生命。

 ぼくの女神。

 ぼくの伴侶。

 ぼくの未来。

 ぼくの憧憬。

 ぼくの夢。

 ぼくの疵。

 ぼくの形。

 ぼくの道。

 ぼくの愛。

 ぼくの光。

 なーちゃん、ぼくの、愛しい貴方。

 聖なる種火が示す路。暗闇焦がして見えゆく我が巣。駆け上がる。駆け上がって、駆け上がる。闇に呑まれた世界を掻いて、彼女の下へと駆け上がる。あってはならないその事が、ありはしないと認めるために。光を浴びたあの日の君を、ずっとずぅっと信じるために。ずっとずぅっと、ずっとずぅっと――。

「なーちゃん!」

 だから。

 愛しい貴方の口元に。

 蠢くそれが生えてるなどと――――――――。



 ああ。

 おやすみなーちゃん、ぼくの愛した愛しい貴方。

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