一二匹
「なーちゃんなーちゃん、結婚ってなあに」
「あきれた! そーくんそんなことも知らないのね!」
「なーちゃんは知ってるの?」
「あたりまえじゃない。結婚っていうのはね……」
「うん」
「……好きな人同士が、ずっとずぅっといっしょにいることよ!」
「そうなの?」
「……そうよ!」
「ならぼくたち、結婚してる?」
「そ、それは……」
「ずっといっしょだよ?」
「……結婚には、約束が必要なの!」
「やくそく?」
「これからもずっと、ずぅっといっしょにいましょうねって約束するの。約束しないと、結婚じゃないの!」
「そうなの?」
「……そうよ!」
「それじゃあぼく、なーちゃんと結婚したい」
「あぅ……」
「なーちゃん、結婚してくれる?」
「……そ、それはぁ」
「なーちゃん」
「……だめ、やっぱりだめ」
「だめなの?」
「うん、だめ」
「なーちゃん、ぼくじゃいやなの?」
「ち、違うの! そーくんがいやなんじゃなくて……言い方があるの!」
「いいかた?」
「……そう、言い方!」
「それじゃぼく、なんて言えばいいのかな」
「それは……」
「うん」
「それは――」
画面の中。ぼくたちの分身が結婚式を挙げる。鐘の音を受け、ぼくたちは二人であってひとつの番いとなる。幸せを分かち合う、その約束をくちづけに交わす。けれどぼくらは引き裂かれた。闇の魔物に襲われて、光の巫女は魔界の底へとさらわれた。だからぼくは、彼女を探す。彼女を求めて世界を巡り、その背の姿を追い続ける。彼女を呼んで、彼女を叫んで、彼女を願って追い続ける。
なーちゃん、なーちゃん、なーちゃん、なーちゃん。
なーちゃん。
「……なーちゃんごめんね。ジッポ、焦がしちゃった」
「……バカ!」
全身を包む桃の香り。彼女の匂い。さんざんに怒り、さんざんに泣く彼女。前も怒られたな。前も怒られて、こんな風に泣かせちゃったな。いつか目にしたのと同じような白い天井を見上げ、ぼくは思い返した。ずいぶんと昔のことのように感じる出来事を、彼女の匂いで思い出した。
「何にせよ良かったぜ、目が覚めてよ」
あれから。なーちゃんからさんざんに怒られたあの日から、様々な人が入れ代わり立ち代わりにぼくの下へと訪れてきた。多くは会社の同僚や業界の関係者だったけれども、警察関係者からも事情を聴取された。どうやら彼らは、ぼくが意図的な放火を行おうとしたと疑っているらしかった。もちろん、ぼくにそんなつもりはない。そんなことをする理由がない。どうしてあんな真似をしたのか、ぼく自身にも思い出せないくらいなのだから。
慌てた様子の花香さんからは、ずいぶんと謝られた。私がもっとしっかりしていればと、花香さんは仰っていた。他にも何か言っていたけれど、けれどその話はよく判らなかった。虫がどうとか、呪いだとか、とんと身に覚えのない話。身に覚えのない話に頭を下げ続ける花香さんには、却って申し訳なくなった。だからぼくは言った。「今後もうちを、ご贔屓に」。欲のない人だと、花香さんは困り顔で笑った。
「とにかくさ、いまは休むのに専念しろよ。長期休暇なんて早々取れるもんじゃねーんだからさ。まったくもうね、コイちゃんうらやまぴーですよ。うらやまぴー!」
社長もみんなも、いやにやさしかった。誰もぼくを責めはしなかった。むしろ負担をかけすぎたと、揃いも揃って同じことを言っていた。朝田だけは何も言わず、腫れたまぶたの奥からぼくを睨んでいた。
「……じゃ、さ。何かあったら、いつでも連絡くれな。でも金の無心だけは勘弁な!」
「コイフミにお礼、しときなよ。あいつが見に行かなかったら君、助からなかったんだから」
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