第20話 素敵な上司

「おっ、来たかクロード」

「おす。よろしくお願いします」


 施設管理課にて、魔王城の修復作業で出会った現場監督が出迎えてくれた。

 施設管理課では親方と呼ばれているらしい。


「なんかすまねぇなぁ。色々大変そうじゃねぇか」

「あはは……まぁそうですね」

「期待されてるって事だな。そのうちサクッと将軍様になっちまうかもしれねぇ! 今のうちにこき使っておかんとな! だっはっは!」

「勘弁してくださいよ親方」


 バシバシと盛大に背中を叩かれて肺やら心臓やら内臓が飛び出そうになる。

 一応俺は軍属になっているので将軍という言葉が飛び出したわけだが、親方さんを始め各部署の人でも軍属とそうでない人とで分かれているそうだ。

 軍属でない方には特別手当がついて、給料に上乗せされるらしい。

 緊急配備などで軍属の人が抜けると、その分の仕事がそうでない人に回って仕事量が増えるから、という理由だった。

 軍属だと軍属手当というものが出ているので、事実上の給料は軍属の方が多いが、うまく考えられてるなぁと思った。

 

「んじゃやるか!」

「はい!」

「ま、今日はうちのかの連中の仕事っぷりを見て回るとしようや」

「わかりました」


 安全第一と書かれたヘルメットを被って親方の後ろをついて回る。

 施設管理課はその名の通り魔王城の施設を管理する課だ。

 蛇口の漏れから配管、照明の交換、壁紙交換、破損箇所の修繕など仕事は多岐に渡る。

 そして職場は魔王城全体。

 ゴリアテの緑化推進部は庭だけだったが、施設管理課は庭も含めて全部なのだから相当範囲が広い。

 ひどい時はあれが足りない、これが違う、と言って魔王城の端から端を何度も往復する事もあり、体力勝負な所があるのだとか。

 資材の鉄パイプを肩に担いだ施設管理課のスタッフとすれ違い、軽く挨拶をする。

 違う現場に行く事も多いので、二、三日顔を合わせないスタッフもいる。


「サボる時はうまくサボれよ?」

「えっ?」

「えっじゃねぇよ。ずっと肩肘張ってたら疲れんだろが」

「いやでも」

「疲れたらちょっとサボって意欲回復、んでそのあとしっかりちゃっきりやりゃいいんだ」

「はぁ……」

「全力疾走ずっとしてたら疲れんだろ?」

「ええ、そりゃまぁ」

「マラソンはペース配分考えて走るだろ?」

「えぇ、はい」

「つまりはそういうこったよ」

「分かったようで分からないような」

「かー! お前さんは真面目だねぇ。そういう真面目なやつほど早く潰れる。肩の力を抜く事を覚えるんだな。ウチの課に来たならそれも覚えろ。いいな?」

「わ、わかりました」


 まさか上司からサボっていい、なんて言われるとは思わなかったけど、多分あれだな。

 サボるって言い方だから良くない風に聞こえるんだろうけど、言ってる内容としては疲れたら休憩しろよって事なんだよな。

 カルディオールのジムトレみたいな、そういうのだと認識しておく事にする。


「お前さんは煙草吸うのか?」

「いえ、俺は吸いません」

「そうかい。なら非喫煙手当つけんとな」

「なんですかそれ」

「ほれ、今は魔王城も分煙だろ?」

「そうですね」

「喫煙者は煙草行くときゃ仕事の手が止まる。だが非喫煙者は煙草を吸わない分、ずっと仕事してんだろ?」

「はい」

「だからその分上乗せだ。煙草の五分が十回ありゃ五十分も差が出るからな!」

「ほえー……」

「煙草やめりゃあいい話なんだがな」

「親方は辞めないんですか?」

「やめらんねぇな。こいつは辛い時、苦しい時、嬉し時、寂しい時、いつでも俺のそばにいてくれた。カミさんにプロポーズした時だって、ガキが生まれた時だってずっとな」


 親方は胸ポケットから煙草を取り出し、すぱすぱと煙を吸い始めた。


「俺のもう一人の人生の相方だ。切るなんて出来やしねぇさ」

「なんだか深いですね……」

「そうだろう? どうだ? 一本吸うか?」

「いえ、大丈夫です」

「そうか。じじいの青臭い話に付き合わせて悪いな」

「いえいえ、楽しいですし、かまいません」

「お前さんは優しいなぁ! どうだ? スケはいんのか?」

「スケ……?」

「女だよ女、今はスケって言わねぇのか?」

「少なくとも王国では言いませんでしたし、ずっといませんでした」


 この前も女性関連の話になったけれど、生まれてこの方彼女という存在に、俺は出会ったことがない。

 手を繋ぐことしかり、デートしかり、甘酸っぱい初キスしかり、俺は何も経験したことのない真っ白な人間なのだ。

 だからそういう、彼女とどうだとか、ましてやプロポーズだとか、結婚だとっていうのは雲上の話なわけで。


「そうかい。心配すんな、まだわけぇんだ。どうとでもなる」


 親方はぷかーと煙でワッカを作り、その輪の中にさらに細い煙を吹き込む。

 まるでハートを射抜くキューピッドの矢のように。

 芸達者な人だ。


「魔王城には相方のいねぇ女がたくさんいる。例えばクレア様とかな?」

「あはは、理想が高過ぎますって」

「ちげぇねぇ」


 あはは、と二人でひとしきり笑い、黙る。

 こういう妙な沈黙は天使が通る、とか言うんだっけか。

 恋の天使だったらいいな、とふと、なぜかそう思った。

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