第4話 スカウト
「さてと、多分追っ手が来るだろうし、さっさと退散するかな」
長年軍にいたお陰で馬鹿な上司達がどう動くかも織り込み済み。
王都の外に出てワイバーンを召喚、いざ新天地へ旅立たんとしたその時--。
「クロード・ラスト! 国家反逆罪で貴様を処刑する!」
「はぁ!? いくらなんでも早すぎんだろ! あっぐぅう!」
唐突に聞こえた声と同時に肩へ鋭い衝撃が走った。
見れば肩にはボウガンの矢が突き刺さっており、貫通した矢先には怪しい輝きが宿っていた。
「く……毒だと……! ワイバーン! 行け! 全速だ!」
『ギャオオオ!』
背後からはグリフォン部隊が五組追ってくる。
部隊は一組五人、俺一人に追手二十五人かよ。
まるで俺が逃げる事を予測していたような仕事の速さだな。
けどグリフォンが全速力のワイバーンに追いつけるはずがない。
数秒の逡巡で逃げ切れるだろうと予測できた、しかし肩からの毒が一気に全身に回って激痛が走った。
くそ、毒が……これ……デスサーペントの猛毒じゃないか……。
「サモン:ポイズンスライム」
俺はぐらぐらと揺れる視界の中、血反吐を吐き散らしながら解毒を試みる。
すまんワイバーン、背中汚しちまったな。
『ミョミョミョ!』
「お、おお俺を……食って、解毒しろ……は、はや……」
『ミョーー!』
召喚したスライムが俺の全身を飲み込んだ瞬間、そこで俺の意識はぷつりと途切れた。
そして記憶が逆再生のように脳内を駆け巡る。
青年期、少年期、幼年期、そして母の胎内、そして、前世で死ぬ瞬間まで。
工藤洋一、大手広告代理店社員、過労により死亡。
俺が死んだ理由はそんなところだ。
これが走馬灯を見ると言う事なんだろうが、前世まで見る必要があるんだろうか。
工藤洋一、趣味はミリタリー、FPSシューティングゲームが趣味、恋人無し。
そして今の俺クロード・ラストの記憶。
全てがまぜこぜになっていき、やがてまたテレビの電源が切れるように、ぷつりと視界が暗転した。
「おい、おいお主、大丈夫か」
体を揺すられ、意識を取り戻した俺の目の前には一人の少女の姿。
ピンクの髪にツインテール、前髪パッツン垂れ目の子。
え、誰? 俺は確か猛毒で走馬灯で工藤洋一で……。
「う……あ、あなた、は」
「儂か? 儂はクレア。魔王じゃ」
「ま、おう……」
「いかにも。お主、ワイバーンの上でスライムに喰われとったんじゃが、そういう趣味なのか?」
「違いますよ……ごほっ、毒を受けて、ポイズンスライムで解毒しようと……そうだ! 追手は!」
「そんなもんおらんよ。ワイバーンの本気の飛行に追いつける奴はおらんて」
そうか、逃げる時、確か全速と指示したんだっけか。
グリフォンとワイバーンじゃ飛行性能が段違いだからな。
最初からワイバーンを召喚しておいてよかった。
他の飛行系だったら追い付かれていたかもしれない。
一度深呼吸をしてから体を起こし、クレアと向き合う形に座り直す。
クレアのそばにはワイバーンが座ってじっと俺を見ながら低く鳴いていた。
魔王、魔界を統べる王。
クレアの自称が本物なら、なぜ人界に魔王がいるのだ。
「今お主、なぜ魔王が人界におるのかと疑問に思ったじゃろ」
えっ。
なんでバレた。
この人エスパーなのか?
「顔にそう書いてあるわい」
「あっ……すみません」
「そもそも魔界の領空を身元不明のワイバーンが飛行していたら誰でも見にくるわい」
「は!? 魔界!?」
「さよう。ここは魔界じゃ。ワイバーンのやつ、指令を出したお主がいつまでも眠りこけておるもんじゃから止まり所がわからず猪突猛進、魔界まで突っ込んできたのじゃろな」
「あ……」
「労ってやるといい。疲労困憊じゃぞ」
「はい。ありがとなワイバーン」
『ギャオス!』
グルグルと鳴いていたワイバーンの顎をそっと撫でると、ワイバーンは嬉しそうに翼を広げて吠えた。
「してなぜお前はそないな事になっておる」
「実はですね、かくかくしかじか……」
「なんと……うまうまとらとらか……」
「そういうわけなんです」
「そいつは酷い話じゃの」
「でしょう? しかも……」
クレアに事の発端と俺の職業などをかいつまんで話した。
黙って話を聞き、所々で相槌を打つクレアの表情は真剣そのもの。
思わずペラペラと話をしてしまい、後半はほぼほぼ愚痴オンリーだった。
溜まっていた残りの感情が爆発してしまったらしい。
しかもこんなに親身に聞いてくれる人なんていなかったし。
これ、テイル王国の国家機密だけどいいよな?。
「ふむ……召喚士、か。お主、ウチで働いてみんかえ?」
「え?」
「週休完全二日制、残業代、休日出勤手当て、忌引き休暇、有給休暇もしっかり出す。年末には魔族旅行、医療厚生費はもらうがその分福利厚生はバッチリじゃぞ?」
「は?」
「なんじゃ? 不服か?」
「い、いや……」
なんだその好待遇すぎる好待遇は。
そんな職場が本当にあるのだろうか。
少なくとも俺はそんな職場を聞いたことはない。
怪しい、うまい話には裏があるということわざもある。
「お主、こいつ上手いことばかりいいよって、怪しいわい。とか思っとらんか」
「おもって……いや思ってないです!」
「人界の勤務体系に疑問が噴き出るが……魔界は大体そんな感じじゃぞ」
「本当ですか?」
「魔族は我の強いやつらばかりじゃからな。やれ家族旅行だの子供が熱を出したから休ませてくれだの、仕事は適当なくせにアピールは一級品じゃ」
「なるほど……」
「どうじゃ?」
「それが本当なら願ったり叶ったりですけど……なんでそこまで気にかけてくれるんですか?」
「なんで……? 優秀そうな人材をスカウトするのに優秀そうだからだけではダメなのか?」
「優秀……?」
クレアは「何言ってるんだこいつ」というような怪訝な顔で俺を見るが、俺のどこに優秀さを感じたと言うのだろう。
「まずはそのクマじゃ。熱心に責任を持って仕事をしておった証拠じゃろ。次に召喚士という職、これは魔族に近い血を持つものしかなれん職じゃ。最後に意識を失いながらもワイバーンとスライムを使役していた事じゃな。スライムはともかく、ワイバーンは気性の荒い生き物じゃ、それを全速力で飛行させ続けるなぞ並大抵の実力じゃあないぞい」
「そ、そうなんですか」
「うむ」
「そう、なんだ」
初めて認められた気がする。
じんわりと心の奥底が温まり、それが鼻を通って目に伝わり--。
「なにを泣いておるのじゃ……まったく、話以外にも相当不憫な思いをしてきたのじゃな」
クレアの慈しむような声色が脳に染み渡り、瞳から溢れる涙の量を増していく。
ぼろぼろ、ぼろぼろと、だらし無く、俺は泣いた。
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