第3話 亀裂

「き、きさ、きさま!」


 ちょび髭司令官殿がわなわなと拳をふるわせ、顔を真っ赤にして俺を睨みつけてくる。


「ふん、無駄飯食らいの給料泥棒なぞこっちから願い下げだ! さっさと出て行け!」


 売り言葉に買い言葉、正直俺が切れて、それで待遇やらなんやらが変わるとは思ってなかったし、期待もしてない。

 けども。

 ふぅ、と一度呼吸を落ち着け、非常に、極めて紳士的に言葉を紡ぐ。


「本当にいいんですね? 俺がいなくなったら、王国は終わりですが」

「虚勢はそれだけかね召喚士君。今やテイル王国は大陸一、勝手にしたまえ。軍を抜けるとなればむろん爵位も剥奪させてもらう!」


 怒りが収まらないのか、ちょび髭方面軍司令官殿は即座にそう返してきた。

 ていうかさ、爵位どうのってあんた俺が子爵だって知ってたのか? それでその態度ってどうなのよ。

 位で言えば俺の方が上だぞ? あぁん? なんでそんな偉そうなんだよ!


「わかりました。ではこれで失礼させていただきます。非常に心苦しい決断ではありますが、頑張ってくださいね。そう、色々と」

「さっさと消えろ! この無能が!」


 吼えたてる司令官の怒号を背に、俺は扉をそっとしめて会議室を後にした。

 

「っしゃあああ! 自由だああああ!」


 全てを吐き出せたわけではないけれど、かなり、かなーりすっきりしたのは事実だ。

 不思議と体が軽い。

 足取りも軽い。

 先ほどまで仕事をしていた部屋に颯爽と戻り、数少ない私物をバッグに詰め込んでいく。


「あぁ、そうだ。あの子達も開放してやんないとな」


 テイル王国で使役されているモンスターは先祖代々伝わる術式によってこの国に定着させている。

 術式に使われる魔力は大地を媒介にして王国中から少しずつ集めたものを使っていた。

 その術式を管理する宝珠を厳重に施錠された金庫から取り出した。

 定着を解除したからといって、効力がすぐになくなるわけじゃない。

 おそらく長くても三日、そうすればモンスター達の縛りがなくなって彼らは自由の身となる。

 

「みんなありがとうな。元気でやれよ」


 宝珠に手を当て、ラスト家に伝わる解除の印を施す。

 宝珠は一際まばゆい光を発し、そして光が消える。

 これで術式は解除され、この宝珠は役目を終えた。

 また俺が召喚する時がくれば……日の目を浴びることもあるだろう。

 それまでおやすみ。


「よし、行くか!」


 机に山積みになった書類を眺め、これを誰が処理するのかと胸を高まらせながら俺は軍を後にした。


 〇


「一体どういうつもりですか司令!」

「何がだ?」

「なぜ引き留めなかったのですか! 彼はこの国にとって「黙れ将軍!」


 クロードが出ていった後、アスターは司令官に異議を唱えたがそれは怒号によってかき消されてしまった。


「あの無礼者の肩をもつというなら……貴殿も処分せねばらんぞ」

「く……どう、なっても知りませんよ」

「くどい!」


 大隊長達はみな怒りを顕にしており、この先何が起きるかなど想像もしていなかった。

 アスターは何を言っても無駄だと悟った。

 お偉方に啖呵を切ったクロードの処分の話を聞きながら、深いため息を吐いたのだった。

 だがアスターはこの場に違和感を感じていた。

 この愚か者共がなぜ、クロードの爵位の事を知っていたのかという事だ。

 これは陛下を含め四人しか知らない国家機密だというのに。


「とりあえず……暗殺ですかな」


 と騎兵大隊長。


「ふむ」

「そうでしょう司令官閣下?」

「そうだな、奴は軍の極秘事項の当事者だ。国外に流出されては困るし、今後の我らの計画に何かしら障害となっても困るからな」

「ではそのように」


 反対する者もおらず、満場一致で可決されたクロードへの処分。

 司令官達は何かを示し合わせるようにニヤリと笑みを浮かべていた。

 しかしながらそんな事にリソースを割いている場合では無いことに当人達は未だ気付いていない。

 軍崩壊まで残り――三日。

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