第3話「無垢な信頼心は罪なりや」
3「無垢の信頼心は罪なりや」
騙し騙しでそのまま気づけば一年が経った2018年6月の頃。
また1人で子供を寝かしつけたある日の夜。
ふと、奥さんの様子を伺おうとSNSを覗いて見た。
そこには飲んだあと誰だか知らない男の車に揺られる動画がアップロードされていた。
写っているのは車の内装だけ、しかし、見ただけで高価な車なのは伺え、それは想司の心をまた傷付けた。
いつかの離婚の材料になるかとも思い、想司はその画像を保存する。
しかし、もう流石に男遊びが過ぎていると想司も思い、怒りと同時に虚無感、喪失感、絶望感、そんな感情が沸々と毎日想司を蝕んでいく。
だが、想司はそれでも次の日には何食わぬ顔で仕事へ行き、周りに辛さを悟られないように頑張って明るく振舞っていた。
その時、想司が新人の時からお世話になっている十年以上の付き合いの信頼する上司(エリアマネージャー)から心配の声がかかる。
「SNSみたけど最近の嫁大丈夫か? やばくないか? 俺はお前が心配だよ」
想司の奥さんは元々同じ会社だったこともあり上司も知っている。
家庭の事情を含め、店長に成り立ての想司を心配して上司はいつも気にかけてくれ、想司はその上司の優しさに嬉しさを感じていた。
他の人からの優しさや、褒め言葉、励ましなど、ほんの些細な言葉ですら心の支えになっていた。
自分は間違ってない。
今できる最善がこれなんだと。
そう思うことで精神を保ち、そう信じることで自分を肯定していた。
だから少しの励ましの言葉が想司にとっては大事だった。
その上司も離婚を経験し、想司の辛さがよくわかるとそう言葉を頂き、面倒みもよく、仕事も出来る、頼りになる上司だった。
想司はそんな優しさに報いたいと思いを口にする。
「ありがとうございます……その気持ちが嬉しかったのでまだ頑張ってみます」
「そっか。 まぁ、些細なことでも何でも話してくれ。俺はいつでも相談乗るからさ」
今の想司にとって少しの優しさは励みになる。
しかし、1歩家に帰れば家庭は崩壊、想司は無邪気な息子が無垢に遊そぶ度に日々の辛さで涙がこぼれる。
このままではいけないのではないか、何か行動に移さなければ行けないのではないか。
その時、想司はどこかから情報を得たのか、夫婦でも奥さんにセカンドパートナーがいる夫婦が増えていることを知り、そのあり方を受け入れようとし始めていた。
「俺が我慢することで……息子が幸せなら……それでもいいと思い始めてきたよ」
想司は僕にそう打ち明けていた。
「本当にそれでいいの?」
「もしかしたら飽きが来て嫁が昔みたいに元に戻ってくれるんじゃないかって……そんな期待はしてる」
想司の素直な気持ちが、まだ奥さんを信じていた。
しかし、そう決意した想司はどこか少し表情が明るくなり、前を向き始めていたようにも見えた為、智理(ぼく)も想司がそうしたいならそれでもいいと思えた。
しかし、更なる事件が想司を襲う。
職場で出勤予定の女性スタッフがお昼を過ぎても連絡が取れず、自宅まで仲のいいスタッフが迎えに行く。
どうやら単純な寝坊だったようで、寝坊した本人もお昼を過ぎていた事にとても驚いていた様子だった。
店長を任せられていた想司は笑ってその子を次から気をつけてと軽く言う。
さらに数週間後、別の女性スタッフが朝起きたら職場だったという報告を受けた。
どうやら飲み過ぎて記憶が無いらしいとの事。
想司はこの時までは元気のいい事だぐらいに思っていた。
しかし、その数週間後3人目の女性スタッフが寝坊。
職場からの電話で起き、すぐに向かいますとの事。
だが、出勤した女性スタッフを見て他のスタッフも異変に気づく。
目は泳ぎ、そして虚、まるでアヒルのような歩き方でフラフラになりながら気力だけで出勤をして来た。
その状態は余りにも酷く、誰しもが何らかの事件に巻き込まれた事を悟り、このまま仕事をさせることは困難と判断し、しばらくお店で休憩させる。
そして、夕方ぐらいには体調も戻り、女性スタッフは家に1人で帰りたくないと言う。
その日は仲のいい女性スタッフの家で泊まることになり、
次の日に落ち着いてから詳しい事情を聞きいた。
すると、女性スタッフは現実を受け入れ難い中、言葉を頑張って押し出し言う。
「ちゃ……ちゃんとは覚えてないですが……私……エリアマネージャーに……多分無理やり……」
驚愕の言葉だった。
疑う真実だった。
その日の夜、状況を確認するべく、男性の想司は行かず、仲のいい女性スタッフに家まで一緒に行ってもらいどうだったか状況を聞く。
部屋にはティッシュが散乱し、一緒に同行してもらった女性スタッフが言うには間違いないとの事だった。
想司はすぐにDNAが可能か調べたが、DNA鑑定が可能なのは2日間だった。
その時にはもう証拠は何処にも残っていなかったのだ。
しかし、一連の結びつく真実。
今までの女性スタッフの一連の前夜全てで上司と2人きりで居酒屋で飲み、「俺は全然酔ってないから車で送っていくよ」と、平気で飲酒運転をし、そしてその車で3人とも共通して栄養ドリンクを最後に飲まされ記憶がなくなったと供述している。
その時、想司は気づいた。
いや、気づいてしまったのだ。
上司は自身の離婚前に過度なストレスから眠れなくなり、医者から睡眠薬が処方されていた事を聞いた事があった。
もう想司だけでは手に負えない事件になっていた為、社長に報告し、慎重に事を運ぶ。
上司は業務停止命令が下され、社長とミーティングし、そこでは「一切そのような事は無い」との一点張りだったとの事。
証拠が無い中、社長は弁護士と入念に議論し、別日に3人の女性スタッフとその親御様を招き、話し合いの場を設けた。
3人の親御様達はもちろんのこと、殴りかからんばかりの怒りで赴いたと話を聞いている。
しかし、弁護士からは警告で終わりにした方がいいとのと事、それは3人の女性スタッフを守る為の判断だった。
親御様達の納得が得られたのかは分からないが、上司は退職処分と警告で話はまとめられた。
そして、3人の女性スタッフ達は不満を募らせ退社。
職場の従業員が突如として4人抜けた事により、想像を遥かに超えた激務を強いられた。
職場は回らず、お客様に頭を下げる日々、叱られ、怒鳴られ、クレーム対応、更に日々の家庭環境に加え、上司の代わりの仕事。
その中、自分が抱える通常業務に毎日神経をすり減らし、ようやく辿り着けた夕飯すら食べる気も起きなかった。
しかし、食べなければ身が持たないと口へほうばり続け、ご飯の味すら鈍くなり、ストレスから難聴が始まり、毎日が水の中にいる感覚、日々の疲労、精神の限界が来ていた。
だが、それでも想司の精神を唯一繋ぎ止めていたのが息子の存在であり、父親としてのプライドだった。
息子と言う存在が想司の精神をずっと繋ぎ止めてくれていた。
しかし、繋ぎ止めているだけで救われることはなく、報われることもない日々は毎日続く。
そして、更なる事実が唐突に想司を襲う。
激務の中、想司は久々の休憩で一息付き、あまりの忙しさから元上司へ抱いていた尊敬は消え、不満を募らせていた最中だった。
近くにいた同じ職場のスタッフが想司に話しかけてきた。
「そう言えば想司は知ってる?」
「なにを?」
「マネージャーが手を出したのってあの3人だけじゃないんだって」
「は? どういうこと?」
「多店舗の女性数人も手出してて、更にはうちの会社以外にも被害があったんだって」
「それまじかよ……」
その言葉に突然、奥さんが以前に上げた車の内装のSNSを思い出し、あまりの真実に時が停まった。
確信を得る事に恐怖を感じたのに右手ではもう既に上司の車種から車の内装を調べていた。
そして、それは奥さんがSNSに上げていた車とまるで同じだったのだ。
そして、動かぬ証拠があった。
画像の端に映り込むバッグのアクセサリーが上司の物だった。
その瞬間に想司は自分の頭が真っ白になった。
信用し、信頼し、尊敬し、敬愛し、期待していた全てが粉々に打ち砕かれた瞬間だった。
上司は日々、想司をどのように見ていたのだろう。
どんな気持ちで言葉をかけて来たのだろう。
どの口が「心配」と言えたのだろう。
どんな思いで想司の前で笑えていたのだろう。
考えれば考えるほど、喉元まで叫び声が迫るほどの怒りが想司しを襲った。
そして、また一説を思い出す。
「無垢の信頼心は罪なりや」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます