第14話
ミ☆
島が、燃えていました。生まれ育った五十島が、思い出深い生まれ故郷が、見渡す限りに燃えていました。どうして。ミッチはつぶやきました。どうして。答えをもとめてつぶやきます。どうして。帰らぬ答えを求めます。どうして、どうして、どうして――。
どうしてなのさ、タケナカおじさん。
「どうして!」
ミッチは叫びます。
「どうして止めてくれなかったの!」
友だちだったものの残骸を前に、ミッチは叫びます。
「どうしてマツミを殺したの!」
もはやマツミとわからないその炭を掻き寄せ、ミッチは叫びます。
「おじさん!!」
大好きなおじさんに、叫びます。
でも、おじさんは。おじさんは、答えてはくれませんでした。答えずに、これまでに一度だって見たことのない冷たい目で、ミッチを見下ろしました。それは、ミッチの知っているおじさんではありませんでした。そして――次の瞬間、視界が奪われました。何かを頭に被せられ、拘束されて、波音の聞こえる場所に閉じ込められました。
どうしてさ。どうしてマツミが、あんな目に。ミッチはただ、友だちを守りたかっただけなのです。誰よりも信頼できるおじさん。ぼくのヒーロー。おじさんならきっと、ミマミマをどうすればいいか教えてくれるはず。なんとかしてくれるはず。そう思って、ミッチはおじさんをミマミマの下へ案内しようと思って、本当に、それだけのつもりだったのです。
触手を生やしたマツミ。そのマツミを、容赦なく銃で攻撃したガスマスクの人たち。火炎放射器で、燃やし尽くした人たち。――おじさんの、命令に従った人たち。
マツミ。ごめん、マツミ。ぼくのせいだ。ぼくが、おじさんを信じたから。約束を破って、おじさんに話してしまったから。きみがあんな目にあったのは、ぼくのせいだ。ごめん、マツミ。ごめん、ごめんなさい――。
泣いてばかり、いられませんでした。コノ。それに、ミマミマ。もしかしたらおじさんは、二人のこともマツミとおなじようにするつもりかもしれません。それだけは防がなければなりませんでした。だって二人は、コノは、それに、ミマミマも――友だち、なのだから。頼れる人は、誰もいませんでした。あのおじさんが、裏切ったのです。イワの仲間も、大人も、先生もおとうさんもおかあさんも、信用できません。だから、だから――。
ミッチを戒める拘束は、思いの外簡単に外れました。閉じ込められていると思った部屋にも、鍵はかかっていません。外へ出ます。ミッチは波止場の船にいました。船の上から、島を見ました。島は、燃えていました。熱に煽られ、涙の痕が蒸発します。いつまでも留まってはいられませんでした、
燃える島を、ミッチは走ります。島で唯一の駄菓子屋。子どもだけで集った空き地。毎日通った学校。それらが燃え崩れていくさまを横目に、ミッチは駆け続けました。一目散に駆け続けました。裏山へ。ミマミマのいる、裏山へ。おじさんには、場所までは教えていません。全力で走れば、きっとおじさんよりも早くに着けるはず。ううん、違う。おじさんより早く、着くんだ。着かなきゃいけないんだ。それで――ぼくが、守るんだ。ミマミマを、それにコノを、守るんだ。ぼくが二人を、守るんだ!
「これって……」
ミマミマがいるはずのその場所。前のミマミマを埋めたその洞穴のあった場所には、奇妙で大きい卵型の物体が、仄かに明滅を繰り返していました。ミッチはそれに、おそるおそると触れてみます。とくん、とくんと、脈動を感じました。暖かさを感じました。どうやらこれは、生きているものみたいでした。
「コノ。きみも、そこにいるの……?」
自分でも不思議と思いながら、ミッチにはそう感じられました。コノはここにいる。この中にいる。そして――これは、ミマミマだ。なにがなんだか理解がもう追いつかないけれど、とにかくこれは、ミマミマなんだ。問題は、これをどうやって隠すか――。
「信じていたよ、ミッチ」
背筋が、凍りつきました。背中に投げかけられたのは、ミッチのよく知るその声。
「お前は友だちを見捨てるような子じゃないって、おじさんは信じてた」
「……おじさん」
「マツミくんのことは偶然だった。まさかお前に案内してもらっている途中で、“感染者”に遭遇するとは。おかげでずいぶんと遠回りしてしまった」
瞬間的に、ミッチは思い至りました。自分の拘束が、いやに甘かったこと。扉に施錠もせず、簡単に船から出られたこと。全部、仕組まれたことだったのです。ミマミマの正確な位置を知らないおじさんが、ミッチに自ら案内させるための、その手段として。ぼくは、尾行されていたんだ。ミッチはそれを、理解してしまいました。
おじさんはガスマスクを装着していました。おじさんの周りにいる人たちも、同じようにガスマスクを装着していました。ガスマスクを装着した彼らが、抱えた機関銃を背後の卵に――ミマミマに向けます。ミッチは自分を盾として、ミマミマの前に立ちました。
守るんだ。ぼくが、守るんだ。
「……ミッチ、以前話したね。異なる環境からやってきた外来種が、元々そこで暮らしていた在来種を絶滅させてしまった話を」
覚えはもちろんありました。でも、ミッチは答えません。いつかのコノみたいに両手を広げ、背中のミマミマを守ります。
「彼らも同じなんだ。彼らもまた、この地球の外から来た外来種。星の海を泳ぎ渡る、一粒の流れ星なんだよ」
流れ星。夏休みが始まったその日、祈りを捧げたあの光。なんだかもう、遠い昔のことのように思えます。
「彼らが地球へ訪れたのは今回が初めてではなくてね。以前はアフリカの小国で、その時は周辺諸国諸共焼き尽くさない限りどうしようもない事態にまで発展してしまった。おじさんはそうした悲劇が二度と起きることのないよう、世界中を飛び回っているんだ」
空振りばかりで、タダ飯ぐらいだなんて揶揄されてきたがね。いつもの様子とは打って変わって、どこか陰のある様子でおじさんがわらいます。それを見て、ミッチの胸がずきんと痛みました。
「お前が彼を――そのミマミマを大事に思っていることは、態度を見れば判るよ。だがねミッチ、残念なことだが――」
ガスマスクの群れが、じりっと包囲を狭めます。
「人類にはまだ、ミマミマと暮らす準備が整っていないんだ」
じりじりと、じりじりと包囲は狭まります。手を伸ばせばもう、届きそうな位置にまで。もう、どうしようもないのかもしれない。弱気の心が顔を覗かせます。逃げたい気持ちが、背中を突きます。でも、でも――逃げない。逃げてばかりのぼくだけど、今日だけは、いまだけは、逃げない。
「……感染者って、いったよね」
絶対に。
「ぼくもマツミと同じくらい、長い間ミマミマと一緒にいたんだ。だから、ぼくもおんなじだ。きっと、“感染”してる。おじさん、わかるよね。ぼくも、マツミも、ミマミマも、もう、おんなじなんだ。だからもしも、もしもほんとにミマミマを殺したいっていうのなら――」
逃げない。
「ぼくのことだって、おんなじように殺してみせろ!」
「ミッチ――」
ガスマスク越しに、おじさんの顔が見えました。あっ、と、ミッチは声を漏らします。だってその顔は、物心ついた時から憧れ続けたおじさんの、豪快なわらいが聞こえてきそうなあの顔で――。
「お前の言うとおりだ」
ああ、おじさん。ぼく、おじさんみたいになりたかったよ――――。
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