第12話

   ミ☆


 お腹空いているよね。何か持ってくるからね、待っててね。

 二日ぶりに、コノはおうちに帰りました。

「違うんだ、違うんだぼくは、ぼくはただぁ……」

 おとうさんが、泣いていました。

 おかあさんが、転がっていました。

 転がったおかあさんからはだくだくだくと、赤い血が広がっています。

「ぼくはおかしくない……おかしくないんだ……おかしくないんだよ!! あぁ、あぁぁ……」

 おとうさんはあぁあぁうめいて、コノが帰ってきたことにも気付かないままふらふらと家の外へと、大量の血が付着した格好のまま出ていってしまいました。ふらふら、ふらふら、怒って、泣いて、島のどこかへ消えていきました。

 コノは、理解してしまいました。

 人は、怖いから怒るんだ。おとうさんも、みんなも、怖くて仕方ないから、怒ってたんだ。怖いのなんてなんにもないって信じるものを――まっしろまくらを見つけられなかったんだ。だからみんな、やさしくないんだ。やさしくなんか、なれないんだ。ああそうか。そっか。そうだったんだぁ――。

 家の中は台風が通り過ぎたみたいにめちゃくちゃで、ごはんはおろか、コノの部屋へいくこともむつかしそうでした。コノは困ってしまいました。ミマミマはきっと、お腹を空かせてる。何か見つけて、持っていってあげないと。だってそう、約束したのだから。

 辺りを見回し、けれどやっぱり何も見つからなくて、コノはふと、視線を足元へ下ろします。おかあさん。だくだくだくだく血を広げて、もうぴくりとも動かなくなった、おかあさん。その姿はまるで、生まれ変わる前のミマミマみたいです。それじゃあきっと、おかあさんは死んじゃったのでした。

 そうだ、いいこと思いついた。

 コノはのこぎりを探しました。おとうさんが昔、日曜大工に使うんだといって揃えたものが、どこかにしまわれていたはずです。でも、それもやっぱり見つかりません。のこぎりが見つからないと、困ります。だって、切断できません。そのままじゃ重たくって、コノは持ち上げられないのです。

 あ、と、コノは思いつきました。今日のコノは冴えていました。ぎざぎざに割れた、テーブルの破片。これならのこぎりの代わりになるんじゃないかしら。コノはさっそく試します。おかあさんの腕にテーブルの破片を当てて、一気に引きます。でろ。少し、中身がこぼれました。こうしていれば、切れるかな。コノは続けます。でも、なんだかのこぎりよりも、うまくいっていない気がします。コノはやり方を変えてみました。とがった部分を、突き刺してみるのです。これならどうでしょう。えいや、ざくり。えいや、ざくり。さっきよりも、ずっといい感じです。

 でも、なんだか今度は、固い所にぶつかってしまいました。骨です。何度か試してみたものの、破片で骨はどうにかできそうにありません。それならたぶん、砕けばいいんだ。とんかち、とんかち、とんかちの、代わりになるもの。これならどうかな。もう何年も使わないまま置きっぱなしの、トースター。がちがち固いこの子なら、きっと骨にも負けないはず。えいや、がこん。えいや、がこん。ぶちぶち、ごとり。うまくいきました。腕が、上手に、取れました。

 後は、同じことの繰り返しです。テーブルの破片がダメになっても、代わりは他にいくらでもありました。トースターがひしゃげても、鉄のお鍋が、ありました。えいや、えいや。ぶちぶち、ごとり。えいや、えいや。ぶちぶち、ごとり。全部が全部、順調でした。おかしなことなど、ひとつもありませんでした。そうしてコノは、ミマミマごはんをすっかり用意できました。おかあさんはもう、おかあさんの姿をしていませんでした。きっとそうして、次の姿へ生まれ変わるのです。

 持てるぶんを袋に詰め込み、裏山を登ります。ミマミマのことを思って、登ります。他にも考えなきゃいけないこと、考えたいことはいろいろあったような気もしますが、それが何か、コノには結局わかりませんでした。わからないってことは、後回しでいいってこと。いまは、ミマミマ。ミマミマに、ごはんを届けるんだ。待っててね、待っててね、ミマミマ。ぼくの大好きな、ミマミマ。ぼくの、ミマミマ。ミマミマ――。


 裏山の、小さな洞穴。そこに、ミマミマはいませんでした。ミマミマがいるはずのその場所には、薄く発光した卵型の物体が、周りの木々を押し倒して鎮座していました。コノはその物体に、ぴたりと添います。コノにはわかったのです。それは、ミマミマでした。姿形は変わっても、間違いなくミマミマでした。生まれ変わろうとしているのです。ミマミマはまた、生まれ変わろうとしているのです。コノにはそれが、わかりました。

 ずぶずぶずぶと、コノの身体がミマミマのうちへと沈んでいきます。コノは抵抗しませんでした。招かれるままに、ミマミマへと入っていきます。それは、とても心地良くて、安らぎを覚える感覚。コノは理解しました。すべてを理解しました。これが、やさしいってことなんだって。やさしい心地、やさしい音。やさしい匂いに、やさしい光――ああ、やさしい世界は、ミマミマの中にあったんだ!


 ミマミマ。これからずっと、一緒だよ。ずっと、ずぅっと、一緒だよ。

 そうしてコノは自分全部を、生まれ変わるミマミマの卵へ委ねました。

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