第6話
ミ☆
これは、子どもたちの間で流れる噂。いつかの夜空を照らした流星、あの流れ星に、関わる噂。実を言うとあの流れ星、ぼくらが五十島に落ちたらしい。見つけた人には一〇〇万円と、勇者の栄誉がもらえるけれど、それは誰にも触れられない。だってそれは、宇宙のもの。未知の微生物と、未知のウイルスと、未知の未知にまみれにまみれ、触れればすぐにもぐずぐずに。子どもがさわればたちどころに、ぐずぐずぞんびがどろどろゼリーに。だからけっして触っちゃいけない。けっしてけっして、さわっちゃいけない――。
「――なーんて、バ…………ッカじゃないの!」
所は裏山のログハウス。三人で育てると決めてから毎日集まり二週間が経ち、夏休みも残すところもう半分っぱかしとなったその日、マツミは怒りに怒りまくっていました。マツミの声に驚き触手を伸ばしかけたミマミマの毛をブラシしながら、ミッチが言います。
「だけど、一〇〇万円もらえるのは本当だよ。おじさん、約束してくれたもの」
けどおじさん、ここだけの話って言ってたのにな。ミッチの付け加えた言葉にけれどマツミは、耳を貸すことなく怒ります。
「あたしは! みんなが根も葉もない噂を盾に好き勝手してることが許せないの! 特に……あのイワたちが!」
そう言って、マツミが床をどんと叩きました。今度は夏休みの宿題を解くことに集中していたコノが、びっくりして顔をあげました。どうしたの。そう尋ねると、マツミがイワたちに怒っているんだよとミッチが教えてくれます。見るとたしかに、マツミは一人できぃきぃイワの悪口を言っていました。
イワの話は、コノの耳にも入っていました。流れ星と一〇〇万円の噂を聞いたイワは仲間たちを引き連れ、毎日毎日島のあちこちを練り歩いているそうです。なんでも魚屋が怪しいと店の中をひっくり返したり、外から観光に来た人をバットで殴ったとかいう噂もあって、大人も困っているのだとか。
「どうせろくでもないことに使うに決まってるわ!」
そう決めつけて、決めつけた自分の言葉にマツミがなおさら怒ります。ミッチを見ると、ミッチも眉を下げてコノを見ていました。本当はコノも、それにミッチも、落ちた流れ星のことは気にしていたのです。けれどマツミの手前おおっぴらに探しに行ける状況でもなく、頼んでくれたおじさんには申し訳ないと思いつつ、くさむらにぱっと飛び込むくらいで流れ星探しについてはほとんど何もしていませんでした。それに、コノにはミマミマがいます。一〇〇万円は一〇〇円玉じゃ数え切れないくらいの大金ですが、でも、ミマミマの方がずっとずっと大切です。ミマミマが、一番です。
「でもさ、でもさ……もしも一〇〇万円もらえたら、二人なら何に使う?」
「ミッチ、あんたまで――」
「例えばの話だよ」
すかさずミッチがフォローを入れます。二週間前はずいぶんとマツミをこわがっていたミッチも、いまではもうその扱いにも慣れたものでした。ほら、ミマミマも聞きたいって言ってるよ。それだけいえばあれだけ烈火の如く怒り狂っていたマツミも、仕方ないわねといった具合に落ち着くのです。
「そうだね、ぼくなら――」
「どうせ動物図鑑を山ほど買うんでしょう?」
「すごいやマツミ! きみはエスパーなのかい?」
「わかるわよそれくらい。あれだけ毎日あんたの趣味を聞かされてればね」
当たり前よと言いながら、マツミはどこか得意気です。それじゃあマツミは? コノがマツミに問いかけます。そうねえと言ってマツミは、ぴんと立てた指を口の端に当てます。
「……さしあたって、この子の食費かしらね」
「あー、うん、それはそうかも」
マツミの言葉を受けて、三人がミマミマへと視線を集めます。ミマミマが首を傾げました。その仕草は二週間前と変わらないかわいらしいものでしたが、一点、大きく違う所があったのです。それは、サイズ。てのひらに収まるくらいに小さな小さなミマミマでしたが、いまではもう、高岡さんちの柴犬の文太と比べても遜色ないくらいに大きくなっていました。とてもではありませんが、てのひらには乗せられないサイズです。
日に日に大きくなっていくミマミマにミッチは「ちょっと異常な気がする」と言っていましたが、マツミは「実際に起こっているのだから、これは正しいことなのよ!」と返していました。コノもマツミに賛成でした。ミマミマは、ミマミマです。何もおかしいことなんてありません。
ただ問題は二人が言う通り、ご飯をどう用意するか。みんなで集まって三日後にはみみずだけで追いつかなくなり、みんなのお小遣いでお肉屋さんからお肉を買うことに決定しました。とはいえコノはお小遣いをもらっていませんでたし、ミッチはもらった端から図鑑を買って、いつでもすっからかんです。なので結局余裕のあるマツミ一人に頼って買ってもらっているのですが、ミマミマがこれ以上大きくなるようだったらどうしようと、マツミとミッチは心配していたのです。
「でも、本当にそれでいいの? 一〇〇万円だよ? なんでも買えちゃうんだよ?」
「いいのよ。欲しいものなら全部、おとうさまが買ってくださるもの」
事も無げにマツミがいいます。二人はほへぇとため息を漏らすしかありませんでした。
「それで? コノは何が欲しいのよ」
問われてコノは、考えます。二週間前に、タケナカおじさんから一〇〇万円の話を聞いた時は、コノはまっさきに空を飛びたいと思いました。鳥のように風に乗って、遠い遠い、果てのない空を自由に飛んでいきたい。そう思ったものでした。でも、いまは少し、違います。
コノは答えます。コノと、ミッチと、マツミと――ミマミマと、これからもみんなと、ずっと一緒にいたい。いつまでもいつまでも、こうして一緒にいたい。コノはそう、答えました。
「なによそれ、答えになってないじゃない」
マツミが不満を漏らします。答えになってない。たしかにそうかもしれません。でも、いまはこの願いが一番なのです。お空への憧れがなくなったわけではないけれど、一番は、みんななのです。それだけは、間違い有りませんでした。
「ふふ、でもそれ、とってもいいって思うな」
くすくすとわらって、ミッチが同調してくれます。
「ま、そうね。あたしもそれ、正しいって思うわ。コノ、褒めてあげる」
マツミもわらって、同調します。怒っているとこわいマツミも、こうしてわらうと気持ちが良くて、とっても好きだってコノは思います。マツミだけでなくミッチのことも、ミマミマのことも、コノはとっても好きだって思いました。コノにはわかりませんでした。どうしてこんなにうれしいんだろう。考えても考えても、コノに答えはわかりません。けれど同時に、コノはこうも思いました。わからなくってもいいや。だって、こんなに幸せなんだもの!
そうしてコノは今日の日も、ミッチと、マツミと、ミマミマと、日が暮れるまでのいっぱいを、大好きな友だちと一緒に過ごしました。
そして、更に五日が経って。
ミマミマの身体は、図鑑のくまより大きくなっていました。
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