第3話

   ミ☆


「あのね、コノ。昨日はごめんね。ほんとにごめんね」

 朝一番。島のにわとりがこけこっこと鳴くと同時に、ミッチが訪れうつむきました。

「ぼく、どうにかしようとは思ったんだよ。ほんとだよ。でも、でも……ぼく、やっぱりこわくって……」

 なんだかとっても苦しそうに、ミッチはコノに謝りました。でも、コノにはよくわかりません。ミッチはどうして謝るのだろう。コノ、ミッチに何か、ひどいことされたかしら。ぜんぜん覚えがありません。だったらもう、謝ってもらうことなんてありません。だってミッチは、友だちなのですから。

「うん……コノ、ありがとう」

 どういたしまして。垂れ下がった眉毛が印象的な目の前の男の子に、コノはそう、返します。ミッチがえへへとわらいました。それでもう、仲直りです。けんかなんて、最初っからしてないけどね。

「あのね、コノ。今日、おじさんが島に来るの。一緒に迎えに行こっ」

 ミッチに誘われ、コノは船着き場へと向かいました。海に囲まれた五十島においてこの船着き場は、ゆいいつ外の世界と行き来が可能な場所です。コノはまだ、五十島の外へ出たことがありません。ミッチが言うには外の世界はすごい場所で、なんと人が空を飛べてしまうそうです。鳥たちみたいに、自由にお空を飛び回る。なんて素敵なことでしょう。いつかお外に行きたいな。ミマミマと一緒に、行きたいな。ミッチの話を聞いて以降、コノはずっと、そんな夢を抱いていました。いつか、お空を飛びたいな。

「タケナカおじさん!」

「やあミッチ、久しぶりだな! わっはははは!」

 わはわはわはと、鼻から下がもじゃもじゃのひげに覆われたとっても大きな男の人に、ミッチが一目散に駆け寄っていきます。

「わははわはは! ずいぶん大きくなったなミッチ、もうおとうさんより大きくなったんじゃないか、わっははは!」

「そんなことあるわけないよ! だってぼくまだ、三年生だよ」

「わははは! そうかそうか三年生か! わはははは!」

 豪快なわらいごえを上げるタケナカおじさんを、ミッチは目をきらきらさせて見上げていました。とってもうれしそうなその顔を見て、なんだかコノもうれしくなってきてしまいます。

「おやおやおや? そちらにいるのは浅間さんちのコノくんじゃないかな? どうかな? 違うかな?」

「うん、コノだよ! ね、コノ。覚えてるよね、おじさん。タケナカおじさんだよ!」

 物覚えのあまりよくないコノでしたが、タケナカおじさんのことはよく覚えていました。だってこんなに豪快にわらうひげもじゃの人、コノの周りには一人だっていなかったのですから。コノは三年生らしく、きちんと元気に挨拶します。するとおじさんは笑う時とおんなじくらい大きな声で、「えらい!」と褒めてくれました。褒められると、口元がゆるんでしまいます。

「ねえおじさん、ぼくたちいま、夏休みなの。夏休みの間は一緒にいられる?」

「う~ん? むむむむ……それはどうだろうなあ」

「だめなの?」

 しゅんとした声で、ミッチがいいます。おじさんが、むむむと唸っている間に、もう一度ミッチがいいます。だめなの? 合わせてコノも、真似します。だめなの? むむむと唸っておじさんは、ミッチとコノの顔を交互に見回しました。

「どうだろうなあ、お仕事しだいだなあ」

「お仕事!」

 先程までとは打って変わって、ミッチの声に明かりが灯りました。

「どうしたどうした甥っ子ミッチよ、仕事の中身が気になるか!」

「うん!」

「そうかそうか、気になるか! わっはははは!」

 おじさんはひとしきりわらってから、コノたちに近寄るよう手招きします。二人は顔を見合わせて、おじさんの側に近づきました。おじさんが、こそっと小さな声でささやきます。

「実はおじさん、とーっても偉い人たちから秘密の任務を受けてやってきたのだよ」

「秘密の任務!」

 ミッチと揃って、コノも大きな声を上げます。秘密の任務。なんだかとっても素敵な響きです。

「う~ん、そうだなあ……ミッチにコノくん、もしよかったらおじさんの仕事を手伝ってはくれないかい?」

「いいの!」

「もちろんだとも!」

 ミッチのお目々が、これ以上ないくらいにきらきらと輝きました。興奮して、コノの手をつかみながらその場でぴょんぴょん跳ね出します。それで、それで! ぼくたちはなにをすればいいの! 口早に、ミッチがおじさんに問いかけます。おじさんはわははと小さく笑って、答えました。

「きみたちは覚えているかな? つい先日、大きな大きな流れ星が、夜空をびゅーっと落ちていったのを」

「覚えてる! ぼく、お祈りしたから!」

「ほほう、お祈り! ミッチはなんてお祈りしたんだね?」

「それは……内緒!」

「わはは、内緒か! それはいい、わははは!」

「それで、それでおじさん、その流れ星がどうしたの?」

「実はその流れ星がね、ここだけの話……なんとなんと、この五十島に落ちた可能性があるそうなのだよ!」

「五十島に!」

 ミッチがびっくりしています。でも、これにはコノもびっくりしてしまいました。五十島に、あのお星さまが! コノもあの日の流れ星のことは、よく覚えていました。だって流れ星は、コノの願いをひとつ、もうすでに叶えてくれていたのですから。神様みたいに願いを叶えてくれた流れ星。あの星が、コノたちの島に!

「おじさんの任務はあの流れ星を調べること。だけどもそのためには、何はなくともお星さまを見つけないといけない。だからそのために――」

「わかった!」

「お、察しがいいな! はいでは、ミッチくん!」

「ぼくたちで、その流れ星を見つけだせばいいんだね!」

「ぴんぽんぴんぽんぴんぽーん! だいせいかいー!」

「やったあ!」

 ミッチがコノに向かって、手を掲げました。コノは首を傾げます。上げて、上げて、ミッチが言います。言われてコノは、ミッチの真似して手を掲げます。ぱちん! 二人のてのひらが重なって、青い空に景気の良い音が響き渡りました。その光景を見て、おじさんはやっぱりわらいます。

「わっははは! 仲良きことは美しきかなだな! そんな二人に敬意を表して、もし流れ星を見つけたらお礼をあげよう!」

「お礼?」

「そうだね、出せるのは、だいたい……ええい、ふたりには特別一〇〇万円あげちゃおう!」

「一〇〇万円!?」

 一〇〇万円。驚く声を上げるミッチの隣で、コノは一人、指を折ります。一◯◯万円って一◯◯円玉の、何枚くらいになるのかしら。一〇枚? 一〇〇枚? わかりませんが、数え切れないくらいにたくさんなことくらいは、コノにもなんとなく伝わりました。きっと、なんでも買えちゃうくらいのお金です。

「一〇〇万円もあったら……動物図鑑、どれだけいっぱい買えるだろう!」

「本当は一◯◯万円なんて目じゃないのだけど……予算の都合がね! いやあ、お偉いさんというものはどこも頭が固くっていけないな! わはははは!」

 一◯◯万あったら、お空も飛べるようになるかしら。もしそうだとしたら、それはとっても素敵なことだと思いました。あのお星さまにお祈りしてから、なんだかいいことばっかりつづいている気がします。でも、と、コノは思いました。お星さまって、どんな形をしているのだろう。考えても答えは出なくて、コノはおじさんに聞いてみます。

「それはおじさんにもわからないんだ。ごつごつした岩みたいなのか、お星さまの形をしているのか、それともぜんぜん、まったく想像もできない姿なのか」

 おじさんにもわからない。わからないものを、探し出す。それはなんだか、とってもむつかしそうです。そんな大変なこと、コノにできるかしら。コノは不安になります。

「そう、だから見慣れないものを見つけたら、とりあえずでいいからもってきてほしいんだ。夏休みの余暇の、そのついでで構わないからさ! わはははは!」

 おじさんがそれだけいうと、島の方から役所の人たちが汗をふきふき集まってきました。どうやらタケナカおじさんを出迎えに来たのは、ミッチたちだけではなかったようです。おじさんは面倒だけど偉い人たちとお話しなきゃいけないからと言って、役所の人たちと一緒にわははとわらいながら行ってしまいました。残されたコノはミッチと二人、またねと手を振り見送ります。

「ねえコノ、どうしよう。一〇〇万円だって!」

 おじさんの姿が見えなくなってすぐに、ミッチが興奮して言いました。うん、どうしよう。コノもうなづきます。一〇〇万円、流れ星。夏休みが始まってまだ間もないのに、いろんな出来事が目白押しです。

「それに、それに……おじさんのお手伝いができるなんて!」

 両の拳を握りしめて、ミッチがまたまた跳ねました。そしてミッチはコノに向かって、おじさんが如何にすごいかを語ります。それはもう、これまでも何度も何度も聞いたお話でした。ミッチのおじさん――タケナカおじさんは、世界中を飛び回っている偉い学者さんで、中でも動物に関するえきすぱーとなのだそうです。小さいものは目にも見えない虫より小さな生き物から、大きいものはとうの昔に絶滅した恐竜から威厳たっぷりに海を泳ぐくじらまで、何でも知ってるすごい人なのだそうです。ミッチにとっておじさんは、どんな番組の主人公よりかっこいい、最高のヒーローなのです。

 そういえばと、コノはふと、疑問に思いました。おじさんは動物の学者さんなのに、どうして流れ星を調べようとしているのだろう。流れ星ってコノが知らないだけで、本当は生き物なのかしら。コノは不思議に思います。

 不思議に思いながらもコノはまた、別のことを考えていました。ミッチはおじさんに憧れて、動物の勉強をたくさんしている動物博士です。死んじゃう前のミマミマをどう育てればいいのか教えてくれたのも、このミッチです。

「うん? コノ、なーに?」

 コノはミッチの手をつかんで、付いてきて欲しいとお願いしました。生まれ変わったミマミマをどう育てればいいか、教えてもらおうと思ったのです。あのね、ミマミマがね、ちがくなってね。コノは言います。コノの話は要領を得ず、ミッチには伝わっていない様子でした。けれど、それでもミッチは言ってくれました。「いいよ。コノの行きたいとこ、付いてくよ」。ミッチはやっぱりやさしくて大好きな友だちだって、コノは思いました。

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