第2話
ミ☆
日本の南のその外れ、人口三〇〇〇人にも満たない小さな離島が、コノの住む
そしてそれは人に限らず、島に生きる動物たちも。どこか警戒心に欠けた動物たちはともすれば島の人に友好を示し、同じ空間にいることを許してくれます。ミマミマも、同じ。裏山で出会ったミマミマと、コノはすぐに仲良くなりました。
ミマミマとは、ふくふく膨れた羽毛のかわいい、一匹の小鳥です。怪我をしたミマミマを山で見つけて、ミッチの手を借り治療すると、ミマミマの方から懐いてきてくれたのです。手の中でころころすりすり身体をこすりつけてくれるミマミマのことが、コノはとっても大好きでした。人間じゃなくってもコノにとってミマミマは、大事な大事な友だちの一人でした。
でも、ミマミマは死んでしまいました。
夏休みに入ったうれしいその日に、おとうさんが殺してしまったのです。
コノには不思議でしょうがありませんでした。ミマミマはあんなにかわいいのに、どうしておとうさんはあんなに怒っていたのだろう。おとうさんはどうして、あんなに怒ってしまうのだろう。考えても、考えても、コノに答えはわかりません。だからコノは、考えることをやめました。
ミッチが言うには、死んだ生き物は土に埋めるといいのだそうです。生き物は土の中でばらばらになって、自然の一部にもどって、巡り巡ってまた新しい生命に生まれ変わるのだと、ミッチはそう言っていました。ミッチの言葉はむつかしくてコノにはよくわかりませんでしたが、でも、いいなって、思いました。生まれ変わる。ミマミマが、生まれ変わる。また会える。それは、いいな。とっても、いいな。コノはそう思いました。
だからコノは、ミマミマを埋めました。一日でも早くミマミマと会えるように。またあのふわふわな身体を、てのひらの中で包めるように。二人が出会った裏山の、小さな洞穴の真下のそこに、コノはミマミマを埋めました。今日は生まれ変わっているのかな。明日は生まれ変わっているのかな。その次の日は、その次の次の日は。その次の、次の次の――。指折り数えて、その日を夢見て。
鳥の鳴き声が聞こえます。五十島には、たくさんの野鳥が生息しています。いま鳴いていたのは、どんな鳥だろう。ミッチになら、わかるのかな。でも、ミッチのお勉強は図鑑を眺めるばかりだから、鳴き声まではわからないかもしれない。そういえばミッチは、今日はどうしたのだろう。どうしてあそこに隠れてたのかな。どうして逃げて行っちゃったのかな。怒るマツミが、怖かったのかな。ミッチも怖いの、嫌いだものね。
とりとめのないことを頭に浮かべて、コノは山を登ります。そうしている間に目的地は、もうすぐそこです。ミマミマは、今日は生まれ変わってるかな。生まれ変わってるといいな。胸弾ませて、コノはお墓に辿り着きます。でも、そこにミマミマの姿はありませんでした。
そっか。今日はまだ、生まれ変わってないんだね。それは確かに残念でしたが、コノは特に落ち込みはしませんでした。だって、ミッチは言ったのです。生まれ変わるって。それならこうして通っていれば、いつかは会える。絶対会える。それはもう、間違いのないことなのです。だからコノは登った時と同じくらいの気安い気持ちで、山を降りようとしました。けれど、その足が止まります。
鳴き声。すぐ側から聞こえてきました。その鳴き声は鳥のようで、でも、どこか鳥じゃないような、なんだかおかしな声でした。コノは辺りを見回します。どこにも、なにも、影すらありません。気のせいかしら。そう思うと、またまた鳴き声が、山の中に響きました。コノは気づきました。鳴き声は、コノの頭より高いところから聞こえていました。コノは顔を上げました。洞穴の天井のその上に、生き物が、いました。
ミマミマ!
一目でわかりました。それはミマミマです。ミマミマなのです。姿形は死んじゃう前とぜんぜん違っていましたが、それでも目の前の生き物がミマミマだと、コノにははっきりわかりました。
ミマミマ、ミマミマ。大好きな友達を連呼して、コノは頭上に手を伸ばします。けれどミマミマはどういうわけか、怯えるように後ずさってしまいました。どうしたの、ミマミマどうしたの。コノだよ、ミマミマの友だち、コノだよ。訴えかけても、ミマミマは警戒して近づきません。
コノは悲しくなってしまいました。ミマミマは、コノを忘れてしまったのかしら。生まれ変わると、みんな忘れてしまうのかしら。そんなことは聞いていませんでした。でももしそうならそれはとても悲しくて、ミマミマが死んでしまった時にも流れなかった涙を、コノは流してしまいそうになります。
その間にもミマミマは、じりじり身体を後ずらせて、少しずつコノから離れていきます。どこへ行くの、ミマミマ、どうして逃げるの。いくら狭い五十島とは言え、一度見失ってしまったら次また会える保証はありません。ここで別れてしまったら、もう二度とミマミマに会うことはできないかもしれません。コノは懇願します。行かないで、ミマミマ、行かないで。
そうだ、と、コノは思いつきます。ミマミマなら、ミマミマがミマミマならきっと耳を傾けてくれる言葉。その特別なおまじないを、怖いものなんてなんにもないを、コノは唄って聞かせます。
ほのみま うつみま ふつふつあしよ
ほのみま うつみま ふつふつあしよ
ミマミマの動きが止まりました。きょろきょろ大きなその瞳で、伺うようにこちらを覗いています。コノはさらに繰り返します。ほのみま、うつみま、ふつふつあしよ。ほのみま、うつみま、ふつふつあしよ。繰り返すたび、ミマミマは首を傾げて近づきます。そうして身を乗り出したミマミマが、身体から何かを突き出しました。
細くて薄い、半透明の触手の束。その束を手のようにして、ミマミマがコノに触れてきました。ほわほわでふくふくで、やわらかくてあったかな安心の感触。ああ、やっぱりミマミマだ。ミマミマはやっぱり、ミマミマなんだ。コノはミマミマに会えたんだ、会えたんだ!
以前よりほんのちょっぴり大きなミマミマが、コノのてのひらに移ります。コノはそれを、胸の側に寄せました。むずむずこしょばい感触が、そのままうれしい気持ちに変わりました。生まれ変わった、生まれ変わった、ミマミマは生まれ変わった、生まれ変わってくれたんだ。
うれしくてうれしくて、たまりません。うれしくてうれしくて、仕方ありません。じっとなんかしていられずに、コノはその場をぐるぐる回って、回ったそのままミマミマに、おかあさんのようにやさしく言い聞かせてあげました。どこにももう、行ったりなんかしないでね。死んじゃったりなんか、しないでね。
コノがそうしてささやき回っている間、ミマミマは胸の裡でずっとずっと、むずむずもぞもぞ動いていました。むずむず、もぞもぞ、むずむず、もぞもぞ、窮屈そうに、身体をよじり動いていました――。
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