第28話

 ええい、仕方がない。

 俺は以前観た戦争映画を参考に、敵の足元を狙うことを考えた。


 幸いなことに、このあたりはアスファルトが凸凹している。精々つまずきそうなでっぱりが無数にあるだけだが、自動小銃の銃身を載せるにはちょうどいい高さだった。

 美耶の指示の下、そのでっぱりの上に自動小銃の銃身を載せ、がしゃり、と音を立てて初弾を装填する。


「なあ美耶、この銃、お前の拳銃よりデカいよな」

「ええ」

「もしかして、反動も大きくなってるのか?」

「当り前です。大きくて重いのが自動小銃です。連射する時は覚悟しておいてください」

「お、おう」


いつもと違い、淡々と言葉を紡ぐ美耶。そして『覚悟』ときたか。


「よし、喰らえ!」

「ああ、ストックを肩に当てると連射しやすいですよ」

「……って、え? そう、なのか」


 直前に言うのは止めてくれ。っていうか、そもそも俺に殺傷兵器を持たせるな。

 ええい、こうなったらヤケクソだ。撃ちまくってやる。

 俺はすっと息を吸って、スコープを覗き込んだ。機動隊員たちは盾を地面に着いたり、掛け声をかけあったりして、油断しているように思える。


 そんな状況において、美耶の銃撃は正確だった。

 自分の背丈の半分以上はありそうな自動小銃を、しっかり地面と肩で固定して用いている。

 そして一回火を噴けば、向こう側の機動隊員たちがびくり、と肩を震わせる。


「ふっ!」


 息をついているのは摩耶だ。美耶の銃撃に巻き込まれないように、それでいて相手にスライディングやら回し蹴りやらを喰らわせている。

 姉妹だから、と言っていいのだろうか? とにかく、二人のコンビネーションは圧巻の一言に尽きた。


 って、感心してばかりではいられない。俺だってやってみせるさ。

 だんだんコツを掴めてきたのか、俺は自動小銃での銃撃を繰り返していた。

 繰り返すようだが、俺は代理とはいえ、月野姉妹の保護者なのだ。二人を援護し、ここから脱出するのを手伝う義務がある。

 まあ、自動小銃をぶっ放す保護者なんてのは、映画の中の筋肉装甲を持ち合わせた親父さんくらいのものだろうが。


 取り敢えず気づいたのは、言われたほどの反動などないということだ。銃口から閃光が走る者の、それが相手にどれだけダメージを与えているのかが分からない。

 銃器の扱いって、こんなものなんだろうか。


 俺が適当ながらも銃撃し、摩耶が相手の盾を蹴り飛ばし、美耶が隙をみて発砲する。

 狭い通路内で轟音が響き渡り、耳が麻痺し始めた、その時だった。

 

 ざわり、と相手陣地に緊張が走った。やや盾を持ち上げ、僅かに顔を引き攣らせ、後退りする者までいる。今までの緊張度合いとは比較にならない。

 俺は振り返って、その原因たるものの正体を確かめたかった。だが、これが機動隊による心理作戦だとすれば、迂闊に好き勝手動くわけにもいくまい。


 さて、どうする? 機動隊の注意は完全に外れているし、今のうちに弾倉を取り換えればまだまだ戦える。


 弾倉を交換する手順を確かめていた、その時のこと。何かが降ってきた。人だ。そしてそれは、意外な人物だった。

 どさり、というサンドバッグを落とすような音がする。


「サワ兄!」

「待って、柊也さん!」


 美耶の言葉などどこ吹く風で、俺は慌てて振り返った。


「だ、大丈夫っすか、サワ兄!」

「くっ……力及ばず、といったところかな……」


 うつ伏せの姿勢でそれだけ言って、サワ兄は全身脱力してしまった。

 サワ兄は亡くなってしまったか。そう思って呼吸が止まる。


「おおっと、澤村吉右衛門様は亡くなってはいらっしゃいませんよ」


 緩慢な挙動を振り切って、俺は声のした方を見上げた。そこにいたのは弦だ。

 コンテナの上に立ち塞がり、軽く肩を上下させている。燕尾服を脱ぎ捨てていたり、軽く頬に痣ができたりしているな。それほどサワ兄は強敵だったということか。


「野郎!」


 今まで世話になって感謝の念。それが完全に失われたわけではない。

 しかしそれよりも、今の俺には強い感情が燃え盛っている。

 怒りだ。


 俺は自動小銃を持ち上げ、弦に照準を合わせる。だが弦は、呼吸と瞬き、それに喋るということ以外に、何もしてこなかった。


「月野美耶さん。あなたは随分頑張ってきたようだ。銃火器の扱いに慣れていらっしゃる。ですが、決定的な過ちを二回、犯していますね」

「二回……?」


 頭の働かない俺には、弦の言葉をオウム返しにする程度の能力しか備わっていない。


「一つ目は、自動小銃の破壊力をあてにしすぎたこと。よくご覧なさい。機動隊員たちの盾に傷がついていますか? いないでしょう? 拳銃ならまだしも、自動小銃で撃たれれば傷がつくはず」


 俺は機動隊員たちが引っ込むのを見計らい、盾を一枚引っ張ってきた。

 弦の言う通り、綺麗なものだ。撫でてみたが、余計な凹凸は確認できない。

 俺は美耶に向かい、ぐっと頷いた。


「そして二つ目は、そもそもその自動小銃に弾丸が入っていないのに気づかなかったこと」

「げっ!」


 俺は慌てて自動小銃を構え直し、引き金を引いてみた。

 確かに銃声は出るし、マズルフラッシュも瞬いて――って、あれ?


「これって、ただのペンライト……?」

「左様です。引き金を引くと同時に点滅するよう、細工をしておきました」


 つまり、空砲に合わせて音と光が出るように改造されていたわけか。道理で反動がないわけだ。って、そんなことより。


「弦、これはあんたが仕組んだのか? 警察にも知らせずに?」

「左様です。とんだダブルブッキングでしたがね。まあ、構わないでしょう。わたくしは、警察関係者を全く死傷させずにあなた方と戦う好機に恵まれた」

「戦ってどうする? 仮にあんたが勝ったら、何をするつもりなんだ?」

「さあ、わたくしにも図りかねます。わたくしは、所詮一人の執事に過ぎません」


 つまり、俺に仕えてくれていたのは、他の誰かに仕えることと同義だったわけか。


「わたくしもある程度調べてはみたのですが、どうやら我が主の目的は、あなた様のご両親及び妹君が亡くなった海難事故に起因しているようです」

「ッ!」


 呼吸が止まり、空気が肺を逆流したせいで、俺は大きくむせ返った。


「あんたは俺の家族を奪った件について調べていた……?」

「はい。警察庁や海上保安庁にクラッキングして調査しました。そして、なかなか……ふふっ、ああ、失礼。非常に興味深い結論に至りましてね」


 俺はごくり、と唾を飲んだ。何が分かったのかと問い詰めてもいいのだろうが、そうするほどの余力はない。

 

「月野摩耶様、美耶様に関わることでもありますが……。柊也様、あなたのご家族が亡くなられた時、月野家の生活は困窮しておりました。それが事の発端です」

「月野家が、困窮?」


 さっと振り返ってみる。美耶は俯き、そのまましゃがみ込んでしまった。


「わたくしがあの邸宅と共に、朔家の執事として雇われる前、月野家で執事として仕えていたことはご存じで?」

「へっ? あ、い、いやぁ……」


 あまりの驚きに、脳みそはパンク状態だった。結論から言えば、そんなこと俺は知らなかった。


「じゃ、じゃあ、あんたはこいつら姉妹に、いや、その両親にでも命令されて、俺の家族を死なせた、ってわけか?」

「あまり表沙汰にできる事実ではありませんがね」


 そう言って、弦は肩を竦めた。

 俺はがばりと振り返り、美耶の下へ直行した。僅か九、十歩くらいの距離だ。

 が、その先には、俺の未来に関わる過去の事実が囚われている。確認しなければ。


「美耶、教えてくれ。あいつの言ってることは本当なのか?」

「……」


 無言の美耶。彼女を前に、俺はぐらり、と視界が歪むような錯覚に見舞われた。


「わたくしは誓わされたのです。月野家の当時のご当主に。朔家の皆には高額の生命保険がかかっている、事故にでも見せかけて彼らを殺害すれば、多額の保険金が下りると」


 俺は、全身の筋肉が硬直していくのを感じていた。

 あれだけ尽くしてくれた弦が、そんな野望を抱いていたとは。つまり、彼の俺に対する気遣いは、全て利己的なものだったのか。


「当時、私の両親と朔家のご家庭とでは、仲がよかったのですか?」


 珍しく美耶が声を上げる。鋭利な刃物のような、普段からは想像できない声音だった。それをさらりと受け流す弦。


「左様です。お二人共、ご理解が早くて助かります。柊也様のご家族を殺害させたのは、あなたのお父様です。データや書類の偽造はわたくしの十八番ですからね。大金を手に入れ、悠々自適な生活をするつもりだったのでしょう」


 そのためには、当主以外の月野家の人々にも死んでもらう必要がある。弦はそう言った。


「乗り掛かった舟です。最後まで活用しなくてはね」

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