第27話

 警察、加えて機動隊とくれば、まさにハリボテの正義だ。

 と、いうのはあまりにも極端だが、彼らは俺たちのことを分かってはくれないだろう。

 だから俺たちは集まり、意思疎通をし、いろんなものを避けたり恨んだりしていかなければならない。


 何を恨むのか。それはきっと、自分の過去の境遇を、ということになるのだろう。あるいは、そんな過去を生み出すきっかけとなった事柄を。

 それは自分が望まずとも、心の奥底から溢れてくるものだ。恨むのが先か、溢れてくるのが先か、それはケースバイケースだろうと思うけれど。


 そんなことを考えながら、俺は駆け足でサワ兄の背中を追っている。俺の後ろには摩耶が、最後尾には美耶が、己の得物を構えながら駆けてくる。

 って、武器がないのは俺だけか。何かサワ兄や月野姉妹を援護できる方法があればいいのだが。


 そこまで考えが及んだところで、俺は急停止した。サワ兄がコンテナの角で立ち止まったからだ。

 いや、おかしいぞ。もうじき現場指揮所に到達できるというのに、どうしたのだろう?

 今までだって、一般の警官、機動隊員たちを軽くいなしてきたのに。


「柊也、摩耶、美耶。お前ら三人は先に行け。敵を撤退させるには、指揮所を潰すのが先決だからな」

「えっ、でもそれはサワ兄が……」

「すまない、柊也。君らを援護できるのはここまでらしい」


 小声ながらよく通る声で、サワ兄は言った。


「早く行け! 俺が時間稼ぎを――」


 と言いかけた、まさにその時。

 横合いから、ガァン! という金属音が響き渡った。


「なるほど。よく状況を理解してくださっていますね、澤村吉右衛門殿」


 この声は……!


「弦!」

「おや柊也様、こんなところにいらしたのですね」


 コンテナの上から声が降ってくる。この期に及んで律儀なことだな――上村弦次郎。


「そちらにどなたがいらっしゃるか、こちらで把握しております。さしずめ、わたくしの相手を澤村様が担当し、残る三名で現場指揮所を急襲するおつもりなんでしょう? シンプルながら最善の作戦と言えます。ここから見て、指揮所は約三百メートル前方。そこに三名からなる戦力で到達するまでは、ざっと五分弱といったところでしょうか? ご武運をお祈りしたいところですが、どうにも間が悪い」

「話すことで時間稼ぎをするつもりか、弦?」


 俺が尋ねると、弦は笑みを浮かべた。いつもの温和な微笑みではない。氷の牙を生やして敵を仕留める、巨大な狼を想起させる。それこそ、骨の髄まで戦闘狂――バーサーカーになってしまったかのようだ。

 

 これ以上、ここで時間を食いつぶすわけにはいかない。俺は顎をしゃくって、月野姉妹に前進を促した。

 俺たちが駆け出してから数秒後、どぉん、という重低音が響いた。きっと弦が地面のアスファルトに飛び降りた音だろう。


 俺たちは、凄まじい速度で連続する打撃音に後押しされるように、歩幅を大きくして駆け出した。


         ※


 俺たちの武器は、専ら摩耶の釘バットだった。一番破壊力が分かりやすく、相手を瞬間的に怯ませる効果が認められる。

 その後方では、美耶が倒された隊員の腰元から拳銃の弾倉を引き抜いている。発砲しようにも、弾が込められていなければ何も起きはしない。

 素人目にはなってしまうが、美耶は拳銃をかなり扱い慣れているように見える。やはり、彼女も彼女で訓練を積んでいたのだろう。

 今は弾倉を回収しきって、拳銃のカバーやシリンダーから残弾一つを取り出している。


 俺が向き直ると、摩耶が前衛に出て相手を攪乱するところだった。

 そう、『攪乱』なのだ。実際に殴りつけるのは避けたいのだろう。何せ釘バットだ。当たったらただでは済まない。――あ。


 俺は目撃してしまった。釘バットが機動隊員の頭部を横薙ぎにするのを。

 慌てて目を逸らす。だって釘バットって、棘がたくさん刺さっている近接戦闘特化武器だぞ? ただぶん殴られるだけならまだしも、その釘が身体にめり込んだら一大事だ。過剰攻撃になってしまう。


 しかし、そこはきちんと配慮がなされていた。釘はどうやら見た目だけの、それこそハリボテだったのだ。つまり、摩耶がぶん回しているのはただの木製のバット。

 きっと立体映像の原理を応用して、釘のぶんの長さが突出しているのを映しているのだろう。だが、そこに実在の物体として出現させることは不可能だ。


 それが見切られたのか、機動隊員のうち数名が、防弾ベストを脱ぎ捨て始めた。

たちまちフットワークの軽くなる機動隊員。盾を捨てて、ヘルメットと身体各所のプロテクターだけで自分を守っている。


 これが大人の戦い方だと、俺たちに見せつけているかのようだ。

 余計な装備をパージすることと、戦闘中にそのスタイルを切り替え、スイッチすること。

 その二つを、機動隊員は同時に、それも瞬間的にこなしている。


 これ以上は駄目だ。摩耶一人に任せてはおけない。しかし、俺に一体何ができる?


「がっ! やりやがったな、この野郎!」


 右側頭部と左上腕から出血しながら、それでも右腕だけで摩耶は戦い続けている。

 ええい、こうなったら当たって砕けろ。俺はダッシュで敵陣に突っ込み、一人ぐらいを道連れにできたらいいと考えた。

 だが、しかし。それは素人の甘えた理想に過ぎなかったらしい。


「うおっ!?」

「下がって!」


 どてん、と尻餅をつく俺。

 何があったのかと言えば、美耶に後ろ襟を引っ掴まれ、そのまま仰向けに寝転がる体勢になったのだ。自分よりずっと幼い女の子に……。なんだか情けないが、それだけ美耶もまた武闘派であり、戦力になり得るということなのだろう。


 自意識過剰ではとても戦えない。だからこそ、なのか。慎重な性格の美耶は、拳銃を扱い始めた。奪った拳銃に弾倉を込め、初弾を装填している。


「お、おい美耶、お前まで戦う気か!?」


 美耶はさっ、と俺の頭部に銃口を合わせた。くいくい、と拳銃を揺らし、俺をゆっくりと前方へと歩き出す。

 これって本物の拳銃だよな? 俺の声なき疑問に、摩耶が微かに頷く。それを見て俺はぞっとした。自分の頭頂部から、氷柱に串刺しにされた気分。

 そして美耶は、港湾の照明が届かない、真っ暗な影の中へと俺を誘導した。


「次は君だね? 月野美耶さん」


 声のした方に向かい、ぐっと頷く美耶。それから俺にハンドサインを送った。


「援護不要、ってマジかよ……」


 俺はどんどん自分から関心が離れていくのを感じた。いや、最年長者である俺が、寂しいとかもう駄目だとか、言うべきではないだろう。


 しかし正直なところ、こんな大規模な戦闘に巻き込まれ、生きるかどうかの綱渡りをしているのは、決して気分のいいものではない。殴打されて死ぬか、撃たれて死ぬか、あるいは爆弾で消し飛ばされるか。


 俺はぶるぶるとかぶりを振った。

 何を弱気になっているんだ? 俺は摩耶と美耶の、二人分の身柄引き取り手だぞ。

 いや、もっと言えば新しい家族だぞ? 俺がまだ大学生だったとしても、月野姉妹が妹であることに変わりはない。

 ――そう。二人を守らなくては。


 唐突に二、三の発砲音がした。銃声だ。

 今まで聞いてきた打撃音や、銃撃音よりはずっと軽い。最初はぎょっとしたけれど、美耶には扱いやすそうだ。再び乾いた音。牽制射撃でもしているらしい。


 だが、遅い。やはり銃撃の反動を打ち消すには、美耶は華奢すぎた。

 それでも、こちらに銃器があると相手に思い知らせることはできたようだ。

 機動隊の動きが慌ただしくなる。彼らが防御体勢を取るべく、盾を全面に展開する。

 その前に、摩耶は体勢を低くした。思いっきり右側に釘バットを振りながら猛進する。


「おんどりゃあああああああああ!!」


 そして、向かって右から左へと釘バットを振り抜いた。

 頭部への被弾を恐れ、足元がお留守になった機動隊員たち。彼らに対して、効果は抜群だった。


 とは言っても、まさか全員に打撃を与えられたわけではない。蹴りが繰り出されるのを見計らい、摩耶は側転して離脱する。釘バットは置きっぱなしだが、大丈夫だろうか?

 すると、このタイミングにて。


「柊也、頼む!」


 ……な、何だって?


「こいつらの足元を銃撃しろ! どうせ致命傷にはならない! 美耶には頼めねえんだ、やってくれ!」

「柊也さんっ、お願い!」


 銃撃の合間を縫って、美耶は肩に掛けていた自動小銃を、がちゃり、と置いた。


「引き金を引けば撃てます! 援護してください!」

「なっ、え、えぇえ?」


 銃器を扱ったこと、否、触れたことなど一度もない。そんな俺にどうしろというのか。

 呆然としていると、ぼすん、ぼすん、といって向こうから攻撃された。催涙ガス弾による集中砲火だ。


「畜生!」


 ああそうかい。皆、揃いも揃って俺を買い被りしすぎやがって。俺なんてただのニートだぞ? それに大型の自動小銃を、しかも初の実戦で撃たせるとか、一体どんな神経をしているんだ?

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