ささやかな舞踏会を終えて以降、二人の少女は一緒にいられる方法を模索していた。昼の国と夜の国は、どうして関われないのかを改めて探っていた。

 ディリアは夜の国へ来る際、夕の神から夜の国について聞かされたというが、内容は抽象的で分かりにくい。大まかな予測や仮説は、既にレトナの祖父がいくつか挙げているものの、どれもこれも「実際に昼の国へ行ってみなければ分からない」といった文言で締めくくられている。実行する前に、レトナの祖父は亡くなってしまったから、結局こちらも分からずじまいだ。


 祖父にとって心残りの研究が数多あることは知っていたが、昼の国と交流を持つこともその一つだったとは。改めて調べていくうち、レトナは祖父の背を追うような気分になっていった。安らかに眠る祖父へ思いを馳せている時よりも、祖父との距離が縮まったような気がした。

 全身が黒一色な、夜の国の人。シルヴェスタがその身に星を宿しているように、もう見えない祖父の背は、七色にきらめく水晶片で彩られている。その背から零れ落ちた欠片が足跡となって、自分はそれを追い拾いながら、このローブを彩り直しているのだ……なんてことを想像した。


 しかし、どんなに欠片を拾い集めても、一向に先へは進めない。それもそのはず、二人の少女が求めるものの手掛かりは、この屋敷にしかない。大きな街へ出向けば図書館もあるが、権威とさえ呼ばれたレトナの祖父の蔵書を上回る図書館など、夜の国には存在していない。

 直筆の手記から顔を上げて、レトナは息を吐いた。祖父が見つけられなかったものを、果たして自分が見つけられるのか。自信が消えかける。

 すっかり消沈してしまう前に、レトナは座ったまま振り返った。後方には、同じ作りの角灯を照明にして、一人掛けのソファに腰かけ本を捲るディリアがいる。


 一緒にいたいと、同じように願ってくれた彼女がいるなら、頑張れる。


 口の端をほんの少し上げて、レトナは手記に向き直った。シルヴェスタが休憩時間を告げてくれるまで集中する。――そんな日々を積み重ねた。

 そうして行きついた結論は、やはり昼の国へ行かなければ分からないということ。調べ尽くした情報以上の手掛かりは、夜の国にはもう無くなっていた。





「本当に、昼の国へ行くの、レトナ」


 書斎兼図書室にて、準備を進める純黒の背に、純白の少女が問いかけた。白亜の手を、胸の前で握りしめながら。

 自分の目で知りたいと思い、自分の手で調べていたからこそ、出た結論にはディリアも納得していた。けれど、レトナが昼の国へ行くことについては、不安ばかりが沸いてくる。

 懸念していた追っ手がやって来ることはなかったが、国を出た途端に鉢合わせる可能性がある。ディリアが夜の国で不調に陥ったように、レトナの体が昼の国に順応できない可能性もある。どんなに一緒にいたい気持ちがあっても、レトナが傷つくことを想像するだけで、ディリは胸が張り裂けそうだった。

 問いに書き答えるため、夜の国の少女が昼の国の少女を振り返る。黒檀の手が、握りしめられた白亜をほどく。


『でも、行かなきゃ。あなたとあたしが、憂いなく一緒にいるために』


 書き記した後、白黒の手はいつも通りに繋げられた。そこに宿り、混ざり合って温くなるはずの温度は、日を追うごとに熱の方が弱まり負けている。レトナが順応の魔術をかけ直しても、ディリアが帰らなければならないことは、どうしても覆せなかった。


「……わたしのせいね。あなたはとっても優秀なのに、わたしは考え無しだったから」

『でも、あたしの日々が鮮やかになった。あなたのお陰。あなたに会えたことは、あたしにとっては幸せなこと』


 異国から来た美しいものを見られた。祖父の背を再び追いかけることができた。静穏を保つ仄暗い闇の日々に、明るく楽しい光を、夢を貰った。一緒にいるという願いを叶えることで、昼の国と夜の国、それぞれの人々が繋がる一歩も踏み出せるという夢を。

 お喋りシルヴェスタを介して、ディリアもよく分かっていた。レトナの感じる幸せは本物で、自分もまた同じ幸せと夢を抱いていると。


『あたしたちの夢を叶えに行こう、ディリア』

「ええ、そうね。叶えに行きましょう、レトナ」


 白と黒、昼と夜の少女は、お互いの手を固く握りあう。憂いなく一緒にいるために。お互いの国の人々に、美しい色があることを知ってもらうために。

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