Ⅱ
ディリアはいつも不思議に思っていた。なぜ、夜の国へ行ってはいけないのだろう、と。
太陽の光と豊かな色彩に満ち溢れ、きらめき楽しい昼の国と違って、夜の国は黒の帳に覆われているという。月となった妹神の眠りを妨げないように、その死を
夕の神が見張る境を超えて、夜の国へ向かう人もいた。けれど、その多くは帰ってこなかった。朝の神が見張る境を超えて、昼の国へやってくる人もいなかった。
せっかく二つも国があって、変わらず人が暮らしているというのに。どうして仲良くできないのかしら。ディリアはそんなことばかり考えていた。空想だと笑われても、危ないことを考えるなと言われても、やっぱり考えてしまう。
そうしてとうとう、ディリアは人目を避けて、夜の国を目指し歩き始めた。置き手紙を読んできた人たちに追いつかれないよう、夕の境まで急いだ。
夕の境は、白々とした昼の国と違って、黄金と赤を混ぜ合わせたような色をしていた。振り返れば太陽が赤く、行く先には紫紺が
「夜の国へ、何をしに行く」
そこへ、空から涼やかな声が降ってくる。
弾かれるように上を見れば、宙に浮く銀色の影があった。男性か女性か分からない姿の人物は、ゆったりとした衣服に身を包み、ディリアをじっと見つめている。その瞳と
「私は夕を見張り治める者。昼の国に生まれた者よ、なぜ夜の国へ向かおうとする」
「夜の国について知りたいのです。そのために、自分の足で参りました」
同じ地に降り立った夕の見張り番に、ディリアはスカートを持ち上げ、片膝をついた。太陽たる姉神が泣き続けていた時、人々の祈りによって生まれた二柱の神。その片方が今、目の前にいる銀色の者に違いないと確信して。
「夜の国にも、わたしたちと同じように、人が暮らしていると聞きます。ならば何故、関わり手を取り合えないのでしょう。わたしはそれが知りたいのです」
「夜の国は、死を悼む者たちの国であるが故。生を謳歌する昼の国とは相容れぬ」
求めていた答えは簡単に差し出されたが、ディリアは引き下がれなかった。伝聞ではなく、自分の目で確かめたい。そのためには、神でさえ説き伏せなければならない。
「だが、夜の国は受け入れる場所。踏み込むものは、何であっても拒絶しない」
ところが、覚悟は即刻不要となった。驚きに顔を上げてみれば、夕を見張る神は道を譲るように、ディリアの眼前から外れている。
「夜の国は、来る者を
立ち塞がるものも、追いかけてくるものもなく。真っ赤な太陽に背を向けて、純白の少女は黒い帳の内へ進む。溶けて深みを増した暗色の紗幕を、一枚、また一枚とくぐる。陽光の色と混じり合った紫は、藍から生まれた青へ。青を生み出した藍は、黒から生まれた紺へ。
やがて、遠くに真っ白な光が見えた。あれこそが、帳の隠す
荒野は終わり、ディリアは草地を通過して、蒼黒い森へと入っていた。淡く光る植物や
その予想に違わず、ディリアは夜の森を一人、さまよう羽目になってしまった。
道中、追っ手を撒くために力を行使してきたため、魔術で手元に浮かべた光も長くは保てない。加えて、入った時には気にならなかった冷感が、どんどん強まってきている。しかし、夕の神から火の類を使うなと忠告されたこともあって、暖を取ることはできない。ついには寒さで動くこともままらなくなり、ディリアは見知らぬ森の中、自分の体を抱きしめるようにして座り込んでしまった。
体内に抱えた微熱もか細く、もはや火に頼るしかないと諦めかけた、その時だったのだ。宙に浮かべた淡い光を引き連れて、黒一色の人影がやって来たのは。
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