第3話.初デートと元カノ

 それから弘昭と千鶴の二人は、一緒にいる時間が増えていった。


 朝は近所で待ち合わせをして一緒に登校し、お昼は校舎裏で千鶴の弁当を食べ、そして放課後も連れ添って帰っている。たまに、帰り道に本屋やカフェに寄ることもあった。


 千鶴の言葉で救われた弘昭は、彼女に恩返しをしたいと思いボディーガードを買って出ていた。できるだけ一緒に行動することで、彼女に対するいじめを防ごうと考えたのだ。


 その甲斐もあってか、千鶴の話では徐々に嫌がらせは少なくなってきているとのこと。そのことを聞いて弘昭はとても喜んでいた。彼女が救われていることはもちろんだが、彼女の役に立てていることがなにより嬉しかった。


 復讐なんてしなくて良かった、その時間で彼女を救えて良かった、弘昭は心からそう思った。


「はい、どうぞ」


 お昼、いつものように千鶴がお弁当を手渡す。


「あっ、えっと、ありがとう。お、おー、きょ、今日はハンバーグかぁ。すごく美味しそうだな! ハ、ハハッ……」


 お弁当を受け取った弘昭は蓋を開けると、少し大袈裟とも取れる感じで喜びを表した。


「フフッ、ありがとうございます。じゃあ、いただきましょう」


「お、おう、いた、いただきます……」


 二人寄り添いお弁当を食べる様子は、周りから見たら恋人と思われても不思議ではない。


「あっ、そういえば、弘昭さんは今週末って何か予定ありますか?」


「えーっと、特にないけど」


「そうですか。それじゃあ、日曜日……、い、い、一緒にどこか遊びにでも行きませんか?」


 恥ずかしそうに俯きがちに訊ねるその姿から、それが明らかにデートの誘いだということが分かった。


 千鶴と知り合って一ヶ月ほど。弘昭は彼女のことが好きになっていた。そして、彼女からの好意もなんとなく感じている。


「え、えっと、うん!」


 もちろん返事はオーケー。弘昭は微笑むと大きく頷いた。



 そして約束の日曜日。


 昨日は朝から台風の影響で雨と風が強かったが幸い今日は快晴。まさに台風一過という感じで、まだ風は少し強いが澄みきった空気に雲一つない真っ青な空が広がっている。


 弘昭は靴を履くと、玄関先にある鏡の前で身だしなみを確認しながら考えていた。


 今日、いい雰囲気になったら言おう。


 一方、千鶴は靴を履くと、手にした白い帽子をじっと見つめながら考えていた。


 今日、いい雰囲気になったらしよう。


 待ち合わせ場所は駅へと続く近所の橋。弘昭が約束の少し前に行くと、千鶴はすでに来て待っていた。彼女を見つけすぐに駆け寄る。


「ごめん、待たせて」


「いえ、私も今来たところですし、それにまだ十分前ですよ」


 腕時計を見てクスクスと笑いながら千鶴が応える。まさに幸せの一時。


 千鶴の今日のコーディネートは、ゆったりとしたベージュのトップスに白をベースにした赤と緑のチェックのロングスカート、足元にはショートブーツが履かれている。そして、白く大きな帽子を被っていた。


 大人っぽいその姿に弘昭は見とれ、思わず心の声が口に出てしまう。


「きれいだ……」


 その言葉に千鶴は恥ずかしそうに俯いている。弘昭はハッと我に返った。


「あっ、その、えっと、ほ、本当によく似合ってるよ」


「あ、ありがとうございます」


 お互い真っ赤な顔で向かい合う姿はとても初々しい。


「じゃ、じゃあ、行こうか」


 彼は手を繋ぎたい衝動を抑えつつ並んで駅に向かった。


 電車に乗り街に来た二人は弘昭の案内でまずは映画館に向かった。映画を観ると感想を語り合いながらお昼にハンバーガーを食べ、午後はゲームセンターでUFOキャッチャーなどを楽しんだ。


 弘昭にとって定番のデートコース。紗絵ともよくこのコースでデートをしたが、もうチラリとも彼女のことを思い出すことはなかった。


 四時前、カフェでお茶をした二人は帰路に就くため駅に向かっていた。弘昭の隣を歩く千鶴は、満面の笑みで大きなぬいぐるみを大事そうに抱えている。


 熊が道着を着ているキャラクターで、千鶴曰くとても可愛いとのこと。弘昭には全く理解できなかったが、先ほどゲームセンターで彼女が目を輝かせながら眺めていたので獲ってあげることにした。


 無事に獲れて弘昭はホッとしているが、結構苦戦してお金もそこそこ使ってしまった。でも、獲れた瞬間「やったー!」と手を叩きながら大喜びする千鶴の姿を見れたので、懐は寒くなったが心は満たされていた。



 駅へと向かう通りを話しながら歩いていると、男女関係なくすれ違う人々がチラチラと自分達を見ているのが分かった。今日、それはどこにいても感じていたこと。


 盗み見られるのは正直いい気分じゃないが、思わず目を引かれてしまうのは仕方ないと思えるほど千鶴は可愛くそして美しい。そんなと一緒にいられる弘昭はちょっとした優越感に浸っていた。


 嫌なこともあったけど、こんな綺麗なとなぜか知り合えて……、フフッ、世の中捨てたもんじゃないな。


 そんなことを思っていた時だった。通り沿いの店から、見慣れた一人の女の子がちょうど彼の前に出てきた。


「ひ、弘昭!?」


 現れたのは紗絵。弘昭を確認し目を丸くしている。


 思わぬ元カノの登場に弘昭も慌てていた。すでに別れているので別に悪い事をしているわけでないが、なんとなくバツが悪い。


 彼女はすぐに鋭い目つきになると、何かを探るように二人を交互に見ている。


「なに? デート?」


「な、なんでもいいだろ。お前にはもう関係ない」


 彼の言葉に、彼女が少し寂し気な表情を浮かべたような気がした。


「ふ、ふんっ! ねぇ、あなた神崎さんよね?」


「えっ、あっ、はい」


 高圧的な紗絵の態度に千鶴は怯えている。千鶴はその容姿から学園では有名人。彼女が千鶴のことを知っていても不思議ではない。


「もしこいつと付き合おうとしてるなら、やめておいた方がいいわよ」


「えっ、えっ、どうしてそんなこと……」


「どうしてもこうしてもないわよ。私は善意で言ってあげてるの。憶えておいて」


 そう言い放つと、紗絵は二人が向かっている駅とは逆方向に去っていった。


 突然の出来事に気まずい空気が流れている。弘昭はその雰囲気を変えようと口を開いた。


「あいつ、なんだってんだよ。浮気しておいてよ。ごめんな、嫌な思いさせちゃって」


「大丈夫です。あっ、あの……」


 千鶴は言葉を詰まらせるとそのまま黙ってしまった。心配した彼が声を掛ける。


「どうした?」


「あの、もしかしたらなんですけど……、彼女は弘昭さんと仲直りをしたいんじゃないですかね? だからあんなふうに私に言ってきたのかなって」


「はぁ!? さすがにそれはないだろ」


 振られてからまだ一ヶ月くらいしか経っていないし、それに振っておいて今更寄りを戻したいだなんてありえないと思った。


「でも……」


 彼の言葉とは裏腹に千鶴は不安気な表情のまま。


「あの、実はですね、私、彼女のこと少し調べたんです」


「えっ!? どうしてそんな」


「その、勝手にごめんなさい。色々と……、色々と心配になっちゃって!」


「いやまぁ、それは別にいいんだけど。で、なにか気になることでもあったのか?」


 彼女は硬い表情のままゆっくりと話し始めた。


 千鶴の話では、紗絵と一緒にいた男は三年生で、背が高くイケメンであることから学園内では結構有名な人らしい。頭も良く現在は生徒会に所属しており、おそらく二人はそこで親密になったのではないかと考えられる。ただ、複数の女の子と同時に関係を持つなど悪い噂もある人で、最近になって紗絵とは別れたという話だった。


 なるほど。紗絵はまんまとイケメンの毒牙にかかり、幼馴染で恋人でもある俺を捨てたというわけか。で、結局ヤリ捨てられたと……、ざまぁねえな。


「で、その先輩は『鈴木すずき 武琉たける』さんというらしいです。実は入学して早々、その鈴木さんに交際を申し込まれたことがありました」


 なに!?


 彼女の話を聞いた瞬間、弘昭は顔をしかめた。彼は千鶴がその男に言い寄られたことよりも、名前の方に反応していた。


「あ、あの、怖い顔をされてどうされました?」


「あっ、あぁ、昔な、同じ名前の奴がいてよ。俺を裏切った上に雲隠れしてさ。まぁ、俺たちと同い年だから違う奴なんだけどな」


「そ、そうですか……」


 イラついた顔で弘昭は胸の前でパンッと掌に拳をぶつけた。


「あの野郎、いつか見つけ出してとっちめてやる……」


 いつもと違う弘昭の雰囲気に千鶴は少し怯えている。


「ひ、弘昭さん……」


「あっ、ごめん、そうだった。復讐なんて無駄だったよな。まぁ、まだ少し思うところはあるけど……、うん、そうだな、もう奴のことも許してやることにするよ」


 やれやれといった感じでため息をつくと、すぐにいつもの穏やかな表情に戻った。しかし、千鶴はまだ顔を強張らせている。


「ごめんごめん、怖がらせて」


「……い、いえ、大丈夫です。それよりも弘昭さん!」


「おぉぅ、どうした?」


 千鶴の圧に弘昭は怯んだ。


「えっとえっと、紗絵さんが別れたからって、弘昭さんはまた彼女と付き合うってことはないですよね?」


 早口で責め立てる。ふるふると潤んだ瞳からは今にも涙がこぼれ落ちそうだった。


 その様子を見た弘昭は密かに確信していた。これで気づかないやつはいないだろう。もしいるとすればラノベの主人公くらいなものだ。


 弘昭は顔を歪め嫌悪感をあらわにした。まさに紗絵が彼を振った時のよう。


「ないよ。あんな汚い女こっちから願い下げだ。また付き合うなんてありえない」


 彼はきっぱりと否定することで、千鶴が抱いている疑念を払拭したいと考えた。


「よかったぁ……」


 千鶴は手を胸に当てふぅっと息を吐くと、安心したのかやっと柔らかな笑顔を見せた。

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