第六話 たつのかみ 3



 青葉は、小町が目覚めるまで椅子に座って付き添っていた。


 ふっ、と小町が目を開ける。


「青葉……?」


「起きたんな。気分はどうや」


 小町の髪を撫で、優しく問いかける。


「……よく、わからない。……青葉」


 小町は横たわったまま、青葉を見上げた。


「私、死ぬの?」


 青葉は答えられなかった。この前、聞かれた時は、死なせないと請け負ったのに……。


「正直に言って」


「今、方法捜しとるけん。穂波が一旦大阪帰って、探し回ってくれるって。ここらは、資料が少ないけんな」


 淡々と説明し、青葉は後ろを振り返る。双つ神はいつの間にか、いなくなっていた。


「私はどうして、倒れたの?」


「……小町、妊娠してしもたらしい」


「ええ!?」


 小町は驚いたように、起き上がった。


「小町の中におった神さんが、小町の中から出よう思て……ここに宿ったんやと」


 青葉はそっと、小町の下腹部に触れた。


「…………何だか、恐ろしい話ね」


 小町は泣きそうな顔になった。


「その衝撃で倒れてしもたんやろ」


「神さまを産んだら、私はどうなるのかしら……」


 青葉が表情を強張らせると、小町は哀しそうに微笑んだ。


「死ぬのね……」


「…………せや」


 目を伏せ、小さな声で肯定する。


「何としても、止めるけん」


「どうして、こうなっちゃったのかしらね」


 小町は青葉の言ったことを聞いていないのか、謳うように呟く。


「どうして、生きることすら許されないのかしらね――」


 小町の肩が震え、涙が落ちる。ぐらついた体を青葉が抱きとめたが、妙な感じがした。


「青葉、帰って……」


「何でな」


「もう、押さえられない……」


 封印が解けてきたのかと思い、青葉は声を張り上げる。


「カザヒさん、ミナツチさん!」


「だめ! お願い、今すぐ帰って! 多分、青葉の霊力で活性化してるのよ。帰ってくれたら、また収まると思うわ」


 小町が腹を押さえて悲痛に叫ぶ光景はあまりに痛々しくて、青葉はすぐに動けなかった。


「帰ってよ! お願いって言ってるでしょう!」


「……わかった」


 カザヒとミナツチが現れないことが、小町が正しいという何よりの証拠だった。


 青葉は急いで病室を出て、戸を閉めた。そして、戸に背を付け、ずるずると座り込む。


 戸越しに泣き声が聞こえ、青葉は両手で顔を覆った。




 眠れないだろうと思いながらも、青葉は布団に入る。


『青葉』


 カザヒとミナツチが、暗い部屋の中に浮かび上がる。


「二人共……どこ行っとったん」


『わしらも、捜しとったんじゃ。色々、聞きまわってみたぞ』


 カザヒは、青葉の近くに舞い降りた。


 他の神々にでも、聞いたのだろうか。青葉は起き上がり、姿勢を正した。


『内におる神は、体におることも確かじゃが、それより心に深くつながっとる』


『んだ。だけん、神を消したら心ごと砕ける可能性がある』


 カザヒの説明に、ミナツチが付け加えた。


「何……やて……」


 青葉はそれだけ、絞り出すように言った。


『しかも、神を消すには本人の覚悟がないといかん。心ごと消すんじゃけん』


「カザヒさん、ちょっと待ってや!」


 青葉は思わず、声を荒らげてしまった。


「他に方法はないんな!?」


『……残念じゃけど』


『他には、あらへん』


 カザヒもミナツチも、落ち込んだように、うつむいた。


 死ぬか、心が消えるか。そんなに酷い選択肢しか、小町には残されていないのだろうか――。


『心は神ごと砕け散って、散らばる。じゃけん、戻る可能性がないこともない。記憶が後から戻る確率もあるけん。じゃけど、もう一度今の〝佐倉小町〟になるって保証は、どこにもないんじゃ』


 カザヒの説明を受け、青葉は黙り込んだ。重苦しい沈黙が、その場に満ちる。


「何で……何で、小町がこいな目に遭わないかんのや……」


 せっかく傷を癒して、ここで生きていくと決めたのに。


 運命は非情に、小町を引きずり落とそうとする。


『こまっちゃんは、傷付きすぎたんかもしれんのう。その哀しみが、神を一層歪めてしまったんかもしれん』


『全部、つながっとったんやな』


 哀しそうにカザヒとミナツチは呟き、青葉を残して消えた。


 あまりの衝撃に動けないまま、青葉はぼんやりと思う。


(何で、助けてやれんのや……)


 ここに来なければ、小町の内に眠る神は大人しいままだったのだろうか。封印が破けることもなかったのだろうか。陰を消したのは、間違いだったのだろうか。


「小町……」


 思わず名を呼んだその時、襖が開いた。


「青葉」


 青葉は目を疑ったが、そこにいたのは紛れもなく小町であった。


「小町? 病院、どしたんな」


 いぶかりながらも、青葉は立ち上がり、小町に近寄ろうとしたが……


『いかん! 青葉、それはこまっちゃんやない!』


『離れ!』


 カザヒとミナツチの声で我に返った時には、もう遅かった。白い手は青葉の額に当てられていた。


「双神の巫女……その霊力をもらうぞ」


 薄く笑う小町は、小町であって小町でなかった。


 青葉が詠唱を紡いだ時と、その場に蒼い光が満ちたのは同時だった。





 倒れた青葉を見下ろし、小町に宿る龍神は声高く笑った。


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