第五話 かざぐるま 5



 朝焼けを浴びた海は、この世のものとは思えないほど美しかった。


 海を見下ろしてから、手元にある風車をまじまじと見る。からから、音を立てて回る風車。


 岬に、そっと風車を立てる。


「――ごめんなさい」


 手を合わせ、ひたすらに謝る。彼女とその子の霊はもう、輪廻すら叶わないのだ。呑み込まれてしまったから。


 黒髪を海風でなぶらせながら、青葉はうつむいた。


 見かねたように、カザヒが青葉の肩をとんとんと叩く。


『慰めになるかわからんけど、神を封じるなんて土台無理な話じゃ』


「でも、今までは封じられとったのに」


『今までは力が、あんまり強なかったせいじゃ。段々強なっとったんは、あの神が霊力を吸収しとったけんじゃ』


『んだ。お前のせいやない。かといって……こまっちゃんのせいでもあらへん。しっかりせんかい』


 ミナツチもこくりと頷き、青葉を励ました。カザヒも負けじと続ける。


『そうじゃ。しっかり支えたらないかんのに、お前がそんなんやったらいかん。顔上げや』


「……ありがと、神さん」


 朝焼けの太陽が、凛々しさを取り戻した青葉の顔を照らした。




 巫女が事情説明を申し出てくれたので財前教授への報告は彼女に任せ、青葉たちは早々に小町を連れ帰った。


 帰ってすぐ寝入ってしまい、起きた時にはもう日が高かった。目覚めると、双つ神が顔を覗き込んで『おはようさん』と挨拶してきた。


「おはよ……。起きとったん?」


 青葉が眠っている時は大体双つ神も眠るのだが、今回は起きていたようだ。


『ミナツチと、話しとったんじゃ。のう、青葉。長内のじいさんのこと、蒸し返すようやけどな』


『こまっちゃんが湖で真実を証明した時のこと、覚えとるな?』


 ミナツチに問われ、青葉は首を傾げる。


「そら、覚えとるよ。先々週のことやろ」


『おかしいと、思わんかったんな?』


 カザヒの言葉に、青葉は眉を寄せる。


「おかしい? 何が?」


『普通はな、染まり直すんよ』


 ためらいがちに、ミナツチが説明し始めた。


『一度青く染まってからでも、真実やったらもっぺん染まり直すんよ。あの時は騒ぎ立てたくなかったし、どうしてかわからんかったけん、わしは何も言わんかった。つまりな……湖は判断しかねたんや。ある意味では、〝こまっちゃんは長内のじいさんを殺した〟』


「何やて!?」


 一気に、眠気が吹き飛ぶ。


『もちろん、こまっちゃんはこのことを知らん。こまっちゃんの中に眠る神が、仕組んだんじゃ。おそらく、じいさんの無意識へ囁いたんじゃろな。〝こまっちゃんに封印を解かしたら、呪いが解ける〟いうて』


「待って、カザヒさん。……一体、何のために?」


『見たじゃろ、青葉。あの神は、霊気を吸収するんじゃ。あの段階では、普段のこまっちゃんを乗っ取れるほど強くなかったんじゃ。だけん、長内老人に囁いた。こまっちゃんを、あそこに連れていくよう仕向けたんじゃ。そのためにじいさんの封印も解いたんじゃろな。おそらく、こまっちゃんは霊を前にして恐怖のあまりに、隙を生んだんよ。そこへ、神は付け込んだ』


「そいで、小町は悪霊を吸い取った――?」


 歯車が次々と、噛み合った。それならば長内老人があの行動を起こした理由も、小町が霊を消した理由も痛いほどよくわかる。


『霊力を吸い取り、神は力を増した。おそらくな、お前が前にした封印には封じられた振りをしとっただけじゃ。今回、強い封印したけん大丈夫じゃと思うけど……正直、どこまで持つかな。一日に一回は、封印を直さないかんじゃろな』


 カザヒの意見に、青葉は絶句した。


「あいな強い封印を続けたら、小町の体が壊れてまう!」


『その通りじゃ。だけん、もう限界じゃ。……な、ミナツチ』


『せやな、カザヒ。――もう一つの方法を、取るしかあらへん』




 襖を開けると、既に小町は起き上がっていた。


「小町、気が付いたんな」


 青葉はそっと、彼女の傍らに正座する。


「――青葉。私、いつ戻ってきたの?」


「昼やよ。もう夕方や」


「そうなの。私、記憶がないの……」


 指先に巻かれた包帯を見下ろして、小町は呟く。


「蔵に閉じ込められて……それも、何でかわからなくて。気が狂ったように、壁と扉を叩いて、ひっかいて……」


「小町は知らん内に、巫女さんの霊力を吸い取ってしもたらしい。記憶がなくなっとるとこ、もう一つあるやろ」


「――そうかもしれないわ」


「巫女さんは小町を恐れて、閉じ込めた。でも、あいつは巫女さんから取った霊気で力を得てお前を長時間乗っ取れるようになったんよ。そいで、〝小町〟は神になっとった霊を吸収してしもた」


「何を言ってるの、青葉。あいつって、誰……?」


 小町は青葉が本気で何を言っているのかわからないらしく、眉をひそめた。


「小町の中に、神さんがおるんよ……」


 しばし、沈黙がその場を支配した。


「神、が?」


「何でかは、わからん。小町の両親に、聞くしかあらへん。許してな。俺の力やったら、そいな強大化した神さんを封じることはできん。どうしても、話を聞かないかん。このままやったら、大変なことになるって神さんが言うとった」


 目を閉じ、青葉は真剣に詫びた。


「大変なこと?」


「神の力が大きくなりすぎたら、小町がどうなるかわからんのや」


 恐ろしい説明に、小町は震える声で問いかけた。


「私、死ぬの……?」


「死なん」


 青葉はきっぱり告げる。


「俺が死なさん」


 青葉の瞳に宿るのは、堅い決意だった。

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