第五話 かざぐるま 4
社の中を探し回ったが、教授の言った通り誰もいなかった。
住居になっている部分にも足を踏み入れたが、中は
「誰か、おりませんかー!」
穂波が呼びかけている横で、青葉は床から漏れる光に気付いた。
「穂波、これ見て。地下室や」
青葉が指さした辺りを穂波が懐中電灯で照らすと、取っ手部分が光に浮き上がった。
青葉が取っ手に手をかけ持ち上げると、下へと続く階段が見えた。
「下りよか」
青葉は階段に足をかけ、下り始めた。電球が付けられているので、階段は妙に明るい。
「何で、地下室なんやろなあ」
穂波も首をひねりながら続く。
階段を下りる度に、不気味な声が聞こえてきた。
「な、何や」
青葉と穂波は、目の前に広がった光景を見て愕然とした。
老婆が必死に壺を押さえ付けている傍らで、地下室中に供えられた風車が恐ろしい勢いで回っている。
不気味な声だと思ったものは、壺から漏れているようだ。
『あれが、ご神体やな』
ミナツチの呟きで、青葉は我に返る。
しかしその時には既に遅く、壺は弾けるように割れた。
――哀シイ……。
白骨が床に散らばると共に、ふわりと女の霊が現れる。
「おのれ!」
霊に立ち向かおうとする老婆の元に、青葉と穂波は慌てて駆け寄った。
「ばあさん、一旦ここは青葉に任してどいとき! 霊力もなさそうやのに、あれに立ち向かうなんて無理やで」
穂波が老婆の腕を掴んで下がらせ、青葉が霊に対峙した。
『オ前ハ誰?』
「双つ神の巫女、双神青葉」
青葉は毅然として答えた。まだ女は、解き放たれたばかりでぼんやりとしている。ここで隙を見せてはならない。
『私ノ子供はドコ?』
青葉が答える前に、女は辺りを見回して風車に気付く。
『死ンダ……死ンダ――!』
女の言葉が絶叫になり替わると同時に、青葉は早口で唱えた。
「かぜふきて ひをあおり うまれしは カザヒさま みずしみて つちおこり うまれしは ミナツチさまと」
青葉は下がり、穂波と老婆の腕を掴む。
「ふたつがみ われらをまもる ちからをかさん かぜのかべ みずのかべ われらをまもれ」
詠唱が完成した途端、薄い光の膜が青葉たちを覆った。
間を置かず、女がもう一度泣き叫ぶ。びしびしと天井が音を立て、崩れ始めた。
「青葉……」
「大丈夫や。じっとして、俺に力を貸してくれるえ?」
「――もちろんや」
掴んだ腕を通して、穂波の霊力とすりーぷの霊力が青葉に伝わってきた。光の膜が少し、厚みを増す
青葉と穂波は、集中するために目を閉じ続ける。崩れる音がやんだ時、カザヒが告げた。
『青葉、来たぞ』
目を開くと、眼前に風車を一つ持った女が立っていた。
「わしが、封じないかん!」
青葉は、喚く老婆を掴んでいた手に力をこめて止める。
「何を言っとるんです? あなたには、霊力がないように思うんですけど……」
「わしは、巫女じゃ!」
老婆の言葉に、青葉は眉をひそめる。
「霊力を、吸い取られたんじゃ! あの女に!」
老婆が指差した先には、何と小町が立っていた。爪が剥がれた指先から、血が滴っている。
「小町――ここは危ないけん、来たらいかん!」
青葉が叫ぶも、聞こえていないようで、虚ろな顔をして歩を進めている。
「しゃあない。穂波、結界をすりーぷと、続けてくれるえ! そのばあさんを、よろしゅうな!」
「お、おい青葉!」
穂波が止める間もなく、青葉は結界から抜け出て小町のところへ走った。
「小町!」
その時初めて、青葉と小町の目が合った。皮膚が、粟立つ。
そこに立っていたのは、小町ではない――と青葉は思った。小町が、こんな目をするはずがない。底冷えするような冷たい眼だった。
小町は青葉を一瞥してから、解放された霊に近付いた。
『こまっちゃん――いや、あやつは霊を呑み込む気じゃ!』
カザヒの言葉に、青葉は目を見開いた。
「呑み込む?」
『吸収する気や。青葉、穂波とすりーぷ呼び』
ミナツチは堅い声で告げ、次いでカザヒが喚いた。
『こうなったら、わしらには止められへん。眠らせるしかあらへん! はよせな、呑み込むぞ!』
「穂波! すりーぷ!」
青葉は大声で呼んだが、間に合わなかった。
『私ノ子ハドコ?』
「そんなもの、とっくに死んでおるわ」
小町とは思えぬしわがれた声で告げ、彼女は霊に手を伸ばして触れた。
「青葉、何事や」
いつの間にか、穂波が青葉の傍に来ていた。
『いかん……もう遅い。すりーぷ、事が終わったらすぐにこまっちゃんを眠らしてくれるえ!』
『せやないと、今度の標的はわしらや』
カザヒとミナツチの発言に穂波は首を傾げたものの、すりーぷに頷きかけた。
小町の手に、霊が吸い込まれていく。彼女の周りを攻撃的な蒼い光が取り巻いているせいで、近付くことすらできない。
小町が手を下ろした時にはもう、霊は姿を消していた。一瞬だけ、光が絶える。
「すりーぷ」
『ねむれやねむれ』
穂波の指示で、歌うように言ってすりーぷが小町の額に手を付ける。必死に小町は目を閉じまいとしていたが、すりーぷはそのままじっとしていた。
すりーぷを見据えながら、霊力を酷使する穂波の額から汗が滑り落ちる。彼はそれに気付いているのかいないのか、ぐっと拳を握って、すりーぷを助けるために言霊を紡ぐ。
「ねむれ――」
『ねむれやねむれ』
穂波とすりーぷの声が重なり、そこでようやっと小町の目が閉じられる。
『今じゃ! 青葉、封印するぞ!』
「わかった!」
カザヒの合図で青葉は倒れた小町に駆け寄り、すりーぷに代わって額に手を当てる。
『青葉、ありったけの力をこめ。加減は、必要あらへん』
ミナツチから助言を受け、青葉は少し間を置いてから口を開いた。
「かぜふきて ひをあおり うまれしは カザヒさま みずしみて つちおこり うまれしは ミナツチさまと」
深呼吸をして、続ける。
「ふたつがみ ふうじるための ちからをかさん むねのおく めざめたかみを ふうじんと」
その時、凄まじい抵抗があって小町の額に当てた手が火傷するほど熱くなった。
歯を食いしばり、言霊を紡ぐ。
「やぶられた さけめをとじて あふるるちから せきとめよ」
もう一度手が熱くなってから、熱がゆるゆると引いていった。
一度立ち上がったが、青葉はあまりの疲労感に膝を付いてしまった。
「しばらく休んどけ」
穂波が気遣って、声をかけてきた。
「休んどる場合ちゃう」
青葉はゆっくりと立ち上がり、呆然としている巫女の元へ赴いた。
「――ごめんなさい。霊力を奪った上に、神さんまで――」
青葉は深く深く、頭を下げた。
還したわけでも、自分から消えていったわけでもない。呑み込まれて、消えてしまった――。
「わしには謝らんでも、ええ。もうわしの代で巫女は終わりやった……」
巫女は、虚空を見て続ける。
「ただ、神さまはどう思ったんやろ。解放されて、嬉しい思たんか……哀しい思たんか、わしにはわからへん」
巫女の言葉はひたすらに、哀しげだった。
「大体、あんたがやったんやないやろ」
巫女は、眠る小町を複雑な表情で見つめる。
「いえ、責任は俺にあります」
考えが、甘すぎたのだ。自分の封印など、何の役にも立たないくらい弱かった。それなのに、しばらく変化がなかったから実地研究に行っても大丈夫だろうと、行かせてしまった。
「もう、頭下げんでくれるえ……」
神を失った巫女は、ただただ泣いていた。
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