第五話 かざぐるま 3



 青葉と穂波が島に上がった時にはもう、とっぷり日が暮れていた。


「おっちゃん、ありがとな。無理言ってすまんかった」


 青葉は深々と、頭を下げる。


「ええよええよ。巫女さんのためなら、何でもするけん」


 定期船を待っていられなかったので、知り合いの漁師に無理を言って、船を出してもらったのだった。


「ほんま、ありがとさん。あー、疲れた。で、この島か。めっちゃ空、暗ないか?」


 穂波も礼を述べてから、空を仰ぐ。どす黒い雲が、何とも不吉だった。


 カザヒとミナツチは何か感じたらしく、身震いしていた。


「何があったんか、神さんわかるんな?」


 青葉が問いかけると、カザヒは遠くを見つめた。


『詳しくはわからん。でも、異常が起こっとる。封じられとったもんが、解かれたんかもしれんのう』


「封印?」


 青葉は思わず片手で口を覆ったが、カザヒはゆっくりとかぶりを振った。


『こまっちゃんの封印やない。ここ古来のもんじゃ。厄介じゃのう。ここはわしらの土地ちゃうけん、いつもより力出せんぞ』


『んだあ……』


 不安そうな双つ神を見て、青葉は頭を抱えそうになった。


「困ったなあ。よりによってこまっちゃんがおる時に、こんなこと起こって」


『ですね~』


 穂波とすりーぷは心配そうに、表情を曇らせた。


「むしろ、小町が封印を解いたんかもしれん。ともかく、小町のとこ行こ。穂波、まだ小町とつながらんのな?」


 青葉は不安を押し込めるかのように、勢いよく穂波を振り返る。


「……つながらへんわ」


 先ほどから何回も小町の携帯電話にかけているのだが、一向につながらないのだ。


「おっちゃん、ほんまありがとな」


「構んよ。気を付けてな!」


 青葉が漁師に手を振ると、彼は笑って送り出してくれた。


 そして青葉と穂波と神々は不吉な空気に満ちた島へと入っていった。




 青葉は必死に何かを探している様子の女に、声をかけた。暗がりで顔がよく見えないが、若い女であることはわかった。


「あの、すみません」


 声をかけると、彼女は青葉の顔をまじまじと見てきた。


「あれ、青葉先輩?」


「――和歌山わかやまな?」


 二人は驚いたように、互いを指し合った。


「面識、あるんかい」


 青葉の後ろから、ひょっこり穂波が現れる。


「小町の友達やけん、会ったことあるんよ。これ、俺のイトコ」


「これって何や! どうもー。青葉のイトコ、双神穂波でーす」


「和歌山真紀です。あの、先輩。どうしてここにおるんです?」


「小町から、助けていう電話あってな。心配なって、来てしもた。小町、どこな?」


「実は……小町、おらんのです。巫女さん呼びにいったっきり、おらんようになってしもたんです。それで今、みんなで探し回っとったんですけど」


 真紀は、今にも泣き出しそうだった。


「何やて? せやったら、先生はどこな?」


「こっちです。付いてきて下さい」


 真紀の先導に従い、青葉と穂波は歩き出した。真紀が辿り着いた先では、教授が心配そうな顔で民宿の前に立っていた。


「――双神くんじゃないか」


 青葉の顔を見て、驚いている。


財前ざいぜん先生。小町がおらんようになったって、ほんまですか」


「ああ。巫女さんもいなくなってしまってな」


 教授は大きなため息をついた。まだ壮年であるにも関わらず、今は老人のように老いて見えた。


「君なら、彼女の行方を突き止めることができるのかい? 正直言って、私には見当も付かないようなことが起こっているんだ」


 財前教授は双つ神の村で実地研究を行ったこともあり、青葉が巫女だと知っている。しかし彼は学者肌で超常現象には懐疑的なので、神を見ることはできない。


「詳しい状況、教えてもらえますか」


「佐倉さんと巫女さんがいなくなった後、風が突然絶えた。なのに、社の風車が凄まじい勢いで回っているのだ。正直言って、恐ろしいね」


「風車……。ここは確か、水子みずこ信仰があるところですね」


「ああ。ある母親と水子が神格化されたのが始まりらしい。それ以来、たくさんの人が水子供養にやってくるんだ」


「詳しいこと、教えて下さい。それが、手がかりになるかもしれんのです」


 青葉は真剣な面持ちで、財前教授を見据えた。


「ああ、もちろんだ……」


 財前教授はゆっくりと、この島のことを語り始めた。


「言い伝えでは、こうだ。昔々、この近くの村に住んでいた女は、体質のせいか、子供を身ごもる度に流してしまっていた。しかもその女は、地主の妻だったんだよ。どういう扱いをされたか、わかるだろう」


「家を、追い出された?」


 青葉が口を挟むと、教授は目を伏せて頷いた。


「その通り。女は哀しみ、流した子の供養をするため、この島に渡ったんだ。この島はかつて聖域で、無人だったらしい。巫女すらいなくて、社だけがあった」


 教授は真っ黒な空を見上げた。


「ある時、女の弟が女を訪ねた。しかし――女は様変わりし、呪いの言葉を吐く恐ろしい鬼女になっていた。哀しみが強すぎたんだな。結局、地主の新しい妻も、子供を授かることはなかった。村中で、子供を産めない女が急に増えた。女が、呪ったんだよ……。この呪いに、一人の女が立ち上がった」


「その人が、現在の巫女の祖先なんですね?」


 青葉の確認に、教授は微笑んで肯定した。


「女は、呪いながら死んで悪霊になっていた。そこで巫女は彼女を鎮め、反対に御霊ごりょうとして祀った。水子を輪廻まで見守る、神として。彼女の流した子たちと共に。巫女はこの島に暮らし、ずっと霊を鎮めてきたんだ――。史実かどうかはわからないが、こう語り継がれているよ」


「母子共々、御霊になったってことか。その霊は封じられとったはずやろな」


 穂波は呟き、青葉を横目で見た。


「小町の封印が解けて、そいでここの封印を解いてしもたんやろな。ともかく、社に行かな。社は見たんですか?」


 青葉は唇を噛んだ後、教授に尋ねた。


「ああ。もちろん、捜したよ。だが誰もいなくて……」


「俺も、一応見てきます。穂波!」


「よっしゃ、急ぐで!」


 青葉と穂波は教授の返事も待たずに、走り出した。


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