第五話 かざぐるま
暑い日の昼下がりに、畳の上で気持ち良くまどろんでいた青葉は、インターホンの音で目を覚ました。しつこく、何回も鳴っている。
「ふあい。今、行くけん……」
返事をしてから、渋々起き上がる。
『誰か、来たようじゃな』
『んだあ。宅配便かのう』
一緒に眠っていたカザヒとミナツチも、目を覚まして玄関に向かう青葉に付いていく。
がらりと戸を開けて、青葉と双つ神はあんぐり口を開けた。
「よう青葉、神さん! 久しぶりやな!」
『ごきげんよう~』
「……穂波?」
疑問形なのは、一瞬、穂波だとわからなかったからだ。特徴的だった長い髪が、ばっさり切られている。
『穂波、いつ髪切ったんじゃ!』
『んだあ!』
カザヒとミナツチは物珍しげに、穂波の周りを飛び回る。
「すっきりしたなあ」
青葉が思わずしげしげと見つめると、穂波は喚いた。
「やめて! 恥ずかしいから、見んといて!」
穂波自身は、新しい髪型が気に入っていないようだ。
「嫌なんやったら、何で切ったんな」
「俺かて、切りたくてきったわけちゃうねん。もう立ち話はええから、家に入れてくれへん? 暑うてしゃあないわ」
穂波は大袈裟に、手で自分を煽いだ。
「冷たいお茶、用意してな」
「はいはい。入り」
青葉は笑って、穂波を招き入れた。
穂波はお茶を飲んでから、まくしたてるように喋り出した。
「いやー、友達に美容師の卵がおってな。練習台になってくれって、しつこかってん。じゃあ、ちょっとだけやったら切ってええで、って言ったら――こんなバッサリ切りおったんや!」
穂波は悔しそうに、畳を叩く。
「別にええんちゃう? すっきりしたし」
青葉は気楽に言ったが、当人は納得していないようで、頬を膨らませていた。
「ようない! 霊力下がってしもたやん」
そういえば、穂波は髪を伸ばすと霊力が上がると信じていてずっと長髪だったのだ、と青葉は思い出す。
「髪伸ばしたら霊力上がるってのは、迷信やろ」
「迷信やなかったら、どうすんねん!」
穂波は不満たらたらのようだった。
『一気に、家の中がうるそうなったのう』
『んだんだ』
カザヒとミナツチは、呆れたように顔を見合わせた。
「えー、それ、遠まわしに――俺が来て嬉しい、って言っとる?」
『言っとらん!』
『んだ!』
「そんな照れんでもええやん。なー、すりーぷ」
『ね~』
穂波は双つ神の猛抗議も気にせず、すりーぷと頷き合っていた。
「でも穂波。何で、電話してこんかったんな? いきなり来たけん、びっくりした」
「たまにはサプライズ、思て。まー、夏休み入ったし……。でも、ほんまはもうちょっと経ってから帰ろかと思てんけど……早めにしてん」
穂波が複雑そうに笑うのを見て、青葉は勘付いた。
「――小町のことな?」
「せや。何とか、突き止められてんで。霊能力者ネットワーク使って、話聞いてきた。そういえば、こまっちゃんは?」
今更、穂波は辺りを見回す。
「小町は実地研究で、泊まりでおらん。今朝、出発しよった」
「フィールドワークか! うわー、めっちゃタイミング悪っ!」
「あの授業は通年やけん、いつも夏休みに実地研究やるんや」
「へー。実地研究って、どこ行ったんや?」
「そいな離れたとこちゃうよ。小さな島やって」
「へー、お前も実地研究あったんか?」
「あったよ。去年、その授業取ったし。でも、俺の時はここやったけん」
青葉の答えに、穂波は身を乗り出していた。
「ほんま? めっちゃ楽やん! ていうか、他の生徒もええなあ。ほんまの巫女さんが、同級生やもんな。質問し放題やないか」
「その代わり、俺が大変やけん」
「それもそうやな。……あー、くっそ暑いな今日。お茶お代わりしてくる」
穂波は面倒臭そうに立ち上がって、台所に向かった。
「青葉、何でも飲んでええかー?」
「ええよー」
台所から穂波の声が飛んできたので、青葉は鷹揚に返事をする。
穂波はビール缶を二本抱えて、戻ってきた。
「あれ、穂波。二本も飲むんな?」
「一本は、お前の分や。正直――素面で話すのも聞くのも辛い話やから」
「……ほうな」
「お前は酒強いから、こんなんで酔えへんやろけど」
穂波は座るなり、さっさと缶を開け、中身をあおった。
「そいな……えらい話な?」
「せや。正直、なめとったわ。本人がここにおらんで、正解やったかもしれんな」
『で、何が封じられとったんじゃ』
我慢できなくなったのか、カザヒが穂波を問い質す。
「――神さんや」
穂波の放った答えに、青葉は息を呑んだ。
*
小町は誰かに呼ばれた気がして、振り向いた。
「小町、どうかした?」
今度は本当に、友人の
「いえ……何でもないわ」
首を振り、小町は無数に並ぶ風車に向き直った。
水子に捧げた、風車。この島は水子霊が神格化されていることで有名で、子を流してしまった女たちがよく参りにくる。
「哀しいところね」
ぽつりと呟くと、真紀は深く頷いた。
「せやね。――巫女さんの話聞くのって、夕方やったやんな?」
「ええ。まだまだ時間あるわね」
「お腹空いたなあ。何かないんかな。先生に聞いてこよっと」
真紀は元気よく、教授の元に走っていってしまった。
小町は風でからから回る風車たちをそれ以上見ている気がせず、背を向けた。
すると、また呼ばれた心地がして身震いしてしまった。
ここに来た時から、変な感じがする――。
どうしようもなくなったら青葉に電話してみようと思い、小町は携帯電話を握り締めた。
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