第四話 のろいいし 12



 小町は静かに、目を閉じた。


 青葉は、彼女のまぶたに触れる。


「しばらく、深呼吸してくれるえ?」


「うん」


 指示に従って、小町はゆっくり呼吸を繰り返す。


 禊を行った日の翌日。青葉は早速、封印を直すことにしたのだ。


「かぜふきて ひをあおり うまれしは カザヒさま みずしみて つちおこり うまれしは ミナツチさまと」


 穏やかに、詠唱を始める。


「ふたつがみ ふうじるための ちからをかさん」


 双つ神の力が、青葉の手を通して小町に流れ込む。


「むねのおく ねむれるちから しずめんと」


 集中して、青葉は目を閉じる。


 まぶたの裏に、映像が浮かんだ。暗がりの中、何かが見える。――銀色? しかし、ゆっくり見ている暇はない。


「ほころびた さけめをとじよ」


 詠唱を終え、青葉はゆっくりと手を放す。ひどく、汗をかいていた。


「終わったな……」


「ありがとう、青葉」


 小町は目を開き、かわいらしく微笑んだ。


 青葉は疲労のあまり、後ろ向きに倒れこんだ。


「疲れた……」


「本当にごめんなさいね、青葉」


「ええよ、ええよ」


「明日、テストなのにね……」


 小町の言葉に、青葉は動きを止めた。


「忘れてた!」




 翌日、青葉と小町は並んで、駅から家までの道を歩いていた。


「青葉、大丈夫?」


 口数の少ない青葉を見上げて、小町は首を傾げる。


「大丈夫やない……」


 何のことはない。テストの出来が悪かったのだ。


「大丈夫よ、自信ない時ほど、試験って点数いいものよ」


 小町は苦笑したが、すぐに笑みを消し、足を止める。


「小町?」


 青葉も、気付いた。蘇芳が、こちらに向かってくることに。


「蘇芳。どしたん?」


 蘇芳は立ち止まり、二人に投げやりな視線を向けた。


「俺、謝っとらんかったな」


「……ああ、なるほど」


 青葉は合点がいったように、小町の背を押した。


「――すまんかった」


 蘇芳の謝罪に、小町は固い表情で頷いた。


「それだけや。またな」


 蘇芳は手を振って、あっという間に行ってしまった。


 おそらく、これからも蘇芳は小町と仲良くする気はないのだろう。しかし、小町に謝ったというのは大きな一歩のように思えた。


「蘇芳さんは、この村をとても心配してるのね」


「せやな」


 双神の末裔も長内の末裔も、自分なりに村を想い続けている。神に守られた、この稀有な地を。


 再び歩を進めながら、青葉は言いにくいことを口にした。


「小町は嫌かもしれんけど……穂波に、封印のこと調べてもらうように頼んだんよ」


 そう聞いて、また、小町は足を止めてしまった。


「封印が、また解ける可能性がある。俺の封印は多分、そいな強いもんやあらへんけん。ごめんな」


 自らの力不足を嘆き、青葉は表情を哀しみに歪ませる。


 やってみて改めて、わかったのだ。封印の弱さ。封じられたものの強さが――。


「小町の力は、ばあちゃんの封印ですら解いた。だけん、また解けると思うんよ。もちろん、解けたら俺がまた封じるって約束する。でもな、やっぱり正体もわからんと封印するよりは、制御した方がええと思うんよ」


 考えて考えて、そして双つ神と話し合って出した結論だった。


「穂波に調べてもろて、そんで小町の両親と接触せんと制御法が学べたらええなあ、思て」


 そんなことが可能なのかはわからないが、小町の家系が傍系だったら直系から学べる可能性は高い。


「もし、それが無理だったら?」


「うーん。封印を繰り返すしか、ないかもしれんな。でも、まだ俺の封印がどんだけ持つかわからんけん。もしかしたら、ずっと持つかもしれんし。だけん、今はあんまり心配せんといて。ただ、調べてもらっとることだけ、知ってもらいたかったんよ」


「――そう」


 小町はじっと、自分の爪先を見下ろした。


「どうしようもなくなったら、私……覚悟はできてるから」


 儚い笑顔は今にも、夕焼けに溶けてしまいそうだった。


 あんなに苦しみながらここにいたいと言ってくれたのに、こんな顔をさせてしまった。そのことが歯痒くて悔しくて、青葉は唇を噛む。


「大丈夫やよ……きっと」


 そんな気休めしか、言えなかった。


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