第四話 のろいいし 10



 青葉は次いで小町の携帯電話にかけたが、小町は出ずに留守番電話につながってしまった。


「授業中かな……」


 青葉は呟いてから、伝言を残した。


「えーっと、俺やけど。駅まで迎えに行くけん、駅に着いたら電話してな」


 受話器を置き、蘇芳の家に向かうべく、青葉は家を出た


 インターホンを押すと、すぐに蘇芳が出てきた。


「何や、青葉か」


「……蘇芳。今、忙しいんな?」


「まあな。おじいの死体、今日返されるって聞いたけん。通夜するかわからんけど、するとしたら今日か明日やけん」


 眠っていないのか、蘇芳の目の下に不健康そうな隈ができていた。


「蘇芳。小町には、何もせんといてな」


「――は?」


 蘇芳は、首を傾げた。


「小町は、何もしてへん。だけん」


「ほんまに……お前、何もしてへんと思うんか?」


 蘇芳は、鋭い口調で問うた。


「普段の俺やったら、おじいの封印が解けとることくらいわかった。霊力が鈍っとったんや……あの女のせいで。あの女の霊力に、俺の霊力が反発したんや」


「ほんま?」


「嘘は言わん。あの女が、おじいの封印を解いて俺の霊力を鈍らした。これだけで、十分おじいを殺した条件にならんか? まあ、それだけやないと俺は思っとるけど」


「蘇芳」


 青葉は辛抱強く、名を呼ぶ。


「怒るのはわかる。でも、小町は自分の霊力のこと全然知らんかったけん、あいなことなったんや。だけん、責めるなら……小町に事実を教えんかった俺を責め」


 殴られることを覚悟して言ったが、蘇芳の手が動くことはなかった。


「青葉は、あの女の持ってる力はええもんやないって悟ったけん、言わんかったんちゃうんか?」


「――まあ、それもある。あと、そこまで霊力が強いともわかってなかったんよ。神さんと俺の推理では、小町の霊力は封印されとって普段は出てこんのやと思う。何かの拍子に、出てくるんちゃうかな」


 気付くのが、遅過ぎたのだ。


「お前、弱ってへんか」


 虚を突いた質問に、青葉は息を止める。


「霊力、弱ってへんか?」


「……でも、俺の霊力が強なったんは小町を助けた時からやよ」


「質問が悪かったな。お前の霊力、濁ってへんか? 鈍くなっとらへんか? 強くなっても、濁ったらおしまいやぞ」


 蘇芳の問いに即答できない自分に、青葉は焦燥を感じた。


『お前の言う通りじゃ』


 代わりに答えたのは、カザヒだった。


『本当に少しやけど、影響を受けたんじゃな。たしかに、少し濁りが生じとる。でも、それは純粋にこまっちゃんの霊力のせいやない。こまっちゃんの心が、今は濁ってしもとるけん、青葉も余計に影響受けとるんじゃろ』


「けど、あいつの霊力が青葉に影響を及ぼしとることは、事実」


 蘇芳は勝ち誇ったように、笑った。


「あいつは、この村にも双神にも有害や。出ていかせろ」


「そいな、酷いことできへん」


 青葉は歯を食いしばった。


 ここにいつまでもいれば良いと言ったのは、他でもない自分だ。


「お前、あの女と村どっちが大事なんや? 神さん、捨てるんか? このままお前の霊力が濁ったら、苦しむのは神さんやろが!」


「――そいな、そいなことあらへん! 小町の霊力は、きっと今は暴走しとるだけや。もう、濁すことあらへん!」


 必死に言い募るも、蘇芳はせせら笑う。


「ほんまか?」


 思わず、青葉は双つ神を振り返った。カザヒとミナツチは、目を逸らす。


「……神さん……?」


『何の対策も施さんかったら、蘇芳の言う通りになるかもしれん』


『カザヒ……』


 ミナツチがたしなめたが、カザヒはぽつりと呟く。


『正直に言わな、しゃあないじゃろ』


 守り神たちのやりとりを聞いて、頭を殴られたような衝撃が青葉を襲った。


「出ていかせろ、青葉。そしたら俺は、何もせん」


 蘇芳は青葉の肩を掴んだ。


「俺は、意地悪で言っとるんちゃうぞ。あの女が、悪いもんをもたらす疫病神にしか見えんけん、こうして言っとるんやぞ」


「出ていかさん……。その代わり、小町の霊力を封じる。それでええな?」


「――そんなん、一時しのぎやろ」


「俺は、それでもそうする!」


 青葉はそれだけ言い残して、蘇芳に背を向けた。


 大股で歩く青葉に、遠慮がちにカザヒとミナツチが従う。


 途中で、青葉は双つ神に向き直った。


「俺は、どうすればええんやろか……」


『お前と、こまっちゃんに任す』


『んだ』


 優しく、双つ神は笑う。


「神さん。正直に言ってな。望んでることを」


『これが、わしらの願いじゃ。お前と、こまっちゃんの好きなようにせえ』


『せやないと、お前後悔するやろ。後悔した心で仕えられても、わしらは嬉しゅうないぞ』


 カザヒとミナツチは、じーっと青葉を見つめる。信じている、と言わんばかりに。


「……わかった」


 そのまま家に帰る気がせず、青葉は駅に向かった。




 駅の前でしばらく待っていると、小町が出てきた。


「あ、青葉。今、電話しようと思ったのよ」


 小町は弱々しく、笑う。


「わざわざ迎えに来てくれなくても、大丈夫なのに」


「――小町」


 青葉は幼馴染みを見下ろし、できるだけ優しい声を出す。


「ここに、おりたい?」


「え?」


「この村、好きな?」


「……好きだけ、ど……」


 小町の顔が歪んで、涙を落とす。


「私、帰らないといけないんでしょ? 私、学校に行く時に聞いたわ。疫病神だって声を。あんなに優しかった人たちが、そう言ったのよ」


 小町の足元に、ぽたぽた雫が落ちる。


「私の存在の、せいなのね。優しい人たちを鬼にしたのは。蘇芳さんも、いつもはきっと優しい人なんでしょう? ……そのくらい、わかるわ。青葉も……鬼になるの?」


 怯えたように、小町は幼馴染みを見上げる。


「私は双神を穢すんでしょう……? 青葉は優しいから言わないけど、心の中では私を怒っているんでしょう……? 何で、ここにいるんだって……」


 子供じみた仕草で、小町は手で涙を拭う。


「ごめんね……。ここにいて、ごめんね……。出ていくから、許してね――」


「小町」


 名を呼び、青葉は小町の手を握る。


「小町の霊力は、予想以上に強いんよ。封印されとったもんが今、溢れ出しとる。それが、神さんに悪影響なんも事実や」


 正直に、事実を述べる。


「でもな。俺は、小町にここにおって欲しいんよ。一緒に住んで、一緒に学校行って、今まで通りの生活したいんよ。だって、楽しかったやろ?」


 青葉が尋ねても、小町は戸惑ったように青葉を見つめるだけだった。


「小町が来てから、生活がもっと楽しくなったんよ。だけん、おって欲しい。――これは、俺のわがままやけど。小町は、どうや? ここに、おりたい?」


「……私は」


 小町はためらったように、少し間を空けてから、告げた。


「ここに、いたい――」


 そう聞いて、青葉は「よかった」と頷いた。


「せやったら、一旦封印を直そか。家帰って、色々説明するけん。帰ろか」


 青葉は、小町の手を引いて歩き出した。


 そのまま二人で歩いていると、突然、彼らの前に村人たちが立ちはだかった。


「巫女さま。お願いやけん、その娘をどっかにやってくれへんか」


「そうじゃ。わしらは、ただ心静かに暮らしたいだけじゃ」


 静かに放たれた意見に、小町は顔を下に向ける。


 小町のことなど、誰も見てはいなかった。村人たちは敢えて彼女から視線を外し、巫女だけを見据える。


「小町に、出ていく理由はあらへん。だけん、断ります」


 青葉は穏やかに――しかし、きっぱりと告げた。


「長内さんを殺したのに?」


 老婆が、進み出る。


「何度も言うけど、小町が殺したんやありません。悪霊を自ら開放して、殺されたんです」


「せやけど……」


「小町がよそ者やけん、罪を被せて追い出したいって言うんやったら、俺も神さんも許しません。あんたらが、小町の立場やったらって考えてみて下さい。ええですね」


 青葉は早口にまくし立て、小町の手を引き村人たちの間を突っ切っていった。


 後には、気まずそうな沈黙と村人たちだけが残された。


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