第四話 のろいいし 8



 用意された部屋で、青葉はソファに腰かけた。応接間なのだろう。座り心地は悪くなかった。


 しばらく待っていると、ノックの音がして刑事と小町が入ってきた。


「では外にいるので、終わったら言って下さい」


「はい。ありがとうございます」


「なるべく、早くお願いしますね」


 刑事が出ていくのを確認してから、青葉は扉の前でぼんやり佇む小町に声をかける。


「小町。こっち


 ぽんぽん、と自分の隣を叩くと、小町は言われるがまま示された所に座った。


「大丈夫な?」


「私、殺してないわ」


 ただ、小町は繰り返す。


「わかっとるよ。それについて、話があるんよ。よう、聞きよ」


 青葉に促され、カザヒが口を開く。


『こまっちゃん。じいさんが、自殺したところを見たって言い』


「で、でも」


『せやなかったら、誰もこまっちゃんのこと信じてくれへん。わしらならともかく、警察署の奴らが〝幽霊がやりました〟って言って信じると思うんな?』


「――けれど」


 小町は唇を噛み締めた。


 我ながら、酷い提案をしていると青葉は思った。


 嘘をつくのが嫌いな小町に、嘘をつけと強要しているのだ。


「小町は、やってへんのやろ?」


「うん……」


 青葉に優しく問われ、小町はひたすら頷く。


『無実の罪で、捕まりたくはないじゃろ。じゃけん、嘘をつくんじゃ。あながち嘘やないぞ。あやつは、やったら死ぬってわかっててやったとしか……』


「違うわ!」


 小町は思わず叫んだ。


「小町、声を小さく」


 外にいるはずの刑事を気にして青葉が注意すると、小町は小さい声で語り始めた。


「おじいさんは、私が死霊を退治できると思っていて、私がそうしたら呪いが解けると思っていたのよ。だから、私に無理矢理、霊を解放させたの」


「そんなんしても、呪いは解けん。しかも、小町がそいなことできるわけ……」


 青葉はそう言いかけて、途中で思い出して口をつぐんだ。実際、青葉が来た時には霊などいなかった。


「――ほんまに、小町が消したん?」


「よくわからないの。消えて消えてって、叫んでたら気が遠くなって……目を覚ましたらもう、いなくなっていたの」


 小町の告白に、青葉も双つ神も言葉を失った。


「でも――もし私が消したんだったら、おじいさんが死ぬ前に消してあげたら死なせなかったのにと思って……。もう、どうして良いかわからないの!」


 罪の意識に苛まれたのか、小町は頭を抱えて喚いた。


「嘘をついて、私だけ救われるの? そんなのできないわ」


「小町。気持ちはわかるけど、俺も神さんも、小町を助けたいけん言っとるんよ? それやのに、小町がそいなこと言ってどうするんや」


「だって、おじいさんは私を信じていたから解放を」


「自分のことも考え」


 青葉は小町の肩を掴んで、必死に訴え続けた。


「小町は、長内のじいさんに利用されたんやろ。それで捕まって、どないするん? 小町は俺みたいに、鍛えられた巫女やないんよ。もしかしたら、小町も死んどったかもしれんよ? それに……刑務所に入るんは許さん。やってもない罪で、入るんは許さん」


「青葉――」


 青葉の強い語調に怯えたのかそれとも感動したのか、小町は一筋、涙を零した。


『こまっちゃん。たしかに、嘘をつくのは卑怯なことじゃけど……今回だけ、な。わしらも、気付いてやれんで悪かった。わしらの責任でもある。じゃけん、わしらのためを思って嘘をついてくれるえ。ほら、ミナツチ。お前も』


『……わしからも、頼む』


 真剣に神たちに請われ、小町はようやく、ゆっくりと頷いた。




 刑事に伴われて、小町は再び取調室に入っていった。入る寸前、刑事は青葉に不審そうな目を向けた。


 おそらく、彼は青葉と小町の会話に聞き耳を立てていたのだろう。しかし、彼には双つ神の声が聞こえないから、話が成立していないように聞こえたに違いない。


 青葉はその視線に気付かない振りをして、またあの椅子に腰かける。さすがに眠くて、あくびが出てしまった。


「なあ、神さん。さっきの続きや。双神の巫女が施した封印は、そんなに解きやすいもんやったんな?」


 眠気を振り払うためにも、青葉は話を切り出す。


『封印は、解くより施す方が難しいんじゃ。解くってのは、ある意味壊すことじゃけん。力があれば、難しいことやない。攻めるより守るのが難しいのと、同じじゃ』


 青葉の問いに、すかさずカザヒが答えてくれた。


「すると――力さえあれば、何もわからず封印を解くことが可能ってことかいな」


 青葉は難しい顔をして、小町の姿を思い浮かべた。


 彼女が方法を知っていたとは思えない。長内の老人が強要したのだろうか。


 そこで、青葉は思いついた。


「せや。もしや、小町は長内のじいさんの封印を破いたんちゃうか?」


『そうとしか、考えられんのう。長内の家に行った時に、無意識にやってしもたんかもしれんな』


 蘇芳が言っていた「わけもわからぬ自信」を長内老人が持っていたのは、霊力を取り戻したせいだったのだ。


『それで、こまっちゃんの力に目を付けたんじゃな。死んだ者を悪く言いたくはないけど、自業自得じゃ』


 カザヒの声には人間らしい同情は含まれていなかった。人間らしく見えても双つ神は神なのだと、青葉は今更実感する。


「小町の霊力は、あんまりええもんちゃうんか?」


 思い切って、青葉は双つ神に問う。


『……今のところな。お前も漠然と感じとるやろけど、こまっちゃんの霊力は負の霊力じゃ。近いんは、蘇芳やその祖父が持ってる霊力じゃ。あやつらの霊力は、呪いで歪められとる。まあ、蘇芳はあんまり強くないけん大丈夫じゃけど、強いと、あのじいさんみたいになる』


 カザヒは大きなため息をつき、ミナツチが賛同した。


『んだ。呪いに才能を発揮したんも、あやつの持ってたんが負の霊力やけんや』


『けど、こまっちゃんの霊力が何で負の力を持っとるかはわからんのう。封印の影響か、心の影響か、それとも元々、何かあったか……』


 青葉は息を呑んだ。


「負の霊力があるんやったら、正の霊力もあるんか?」


『んー、ちょっとちゃうな。負の霊力は、いわば濁った霊力じゃ。じゃけん、負の霊力の反対にあるんがお前みたいな、まっさらな霊力なんじゃ。何にも染まってない、きれいな霊力じゃ』


 カザヒは少し誇らしげに、巫女を見下ろす。


『呪いは、する方にもされる方にも怖いもんじゃ。使う方は、それで霊力を濁す。ミツでさえ呪い返しに失敗したんは、双神の巫女が呪い慣れしとらんせいじゃった。せやろ、ミナツチ』


『んだ。あいな強い巫女のミツでも、呪いは苦手やった』


 カザヒとミナツチの会話を聞きながら、青葉は唇を噛んだ。


「俺は、小町に何をしてやれるやろ……」


『このままやったら、こまっちゃんにええことはない。霊力を制御させる方法を学ばせるか、もう一度封印するか』


『でも、制御させるには……帰らせないかん』


 ミナツチの意見に、青葉は不安そうに表情を歪めた。


「両親の元に?」


『せや。こまっちゃんの家系が巫女筋なら、親か親戚から習えるはずや』


 ミナツチも、提案しておきながら乗り気ではないようだった。


「――小町に聞いてみる」


 今はそうとしか、言えなかった。




 全てが終わり、青葉と小町は車で家まで送ってもらうことになった。


「では、また来てもらうこともあるかもしれませんが」


 刑事はすっきりしない顔で、車の中を覗き込む。


「はい。では、お世話さんでした」


 青葉が一礼すると、刑事は車からそっと離れる。


 車が滑るように動き出し、青葉はあくびを噛み殺す。隣に座る小町は、ぼんやりしていた。


「小町。大丈夫な?」


「ええ」


 気のない返事だったが、運転席と助手席には警察官が座っているのでそれ以上何も言えず、青葉は目を閉じた。


 もう、朝日が昇る時刻になっていた。


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