第四話 のろいいし 7






 青葉は電車から降りた途端、異常に気付いた。


「何やろ。変な感じがする」


 双つ神も空気の変化を感じているのか、不安そうに辺りを見回す。


 月が、異常に赤かった。


 家に戻った青葉は玄関先で、母から小町がどこかに行ってしまったことを聞いて、青ざめた。


「それで、青葉。蘇芳くんから電話あってね。おじいさんが、おらんらしいんよ」


「何やて?」


 蘇芳の祖父まで行方不明とは……。


 嫌な予感がして、青葉は眉を寄せる。


「蘇芳くん、おじいさんを捜しにいってくる言うてたよ」


「わかった。俺も行ってくるけん」


 母の言葉に頷き、青葉は鞄を玄関に乱暴に置いて、家から飛び出した。


「カザヒさんミナツチさん、小町にやった〝守り〟は発動したんな?」


『いいや、感じんかったのう』


『んだ。発動はしとらんな』


「せやったら、大丈夫なんやろか」


 なのに、こんなにも悪い予感がするのはなぜだろう。


『青葉、走る前に答え。どっちを捜したいんじゃ? こまっちゃんか、じいさんか』


 カザヒに問われ、青葉は足を止める。


「――小町を」


『わかった』


 しばし、カザヒは目を閉じる。


『……墓や』


「墓?」


 放たれた答えに、青葉は戸惑った。


『長内を呪って死んだ、女の墓』


「あそこか? せやったら、じいさんもそこにおるんちゃう?」


『いや、感じ取れるんは、こまっちゃんの気配だけじゃ』


「ほんまな?」


 小町が、あの墓に何の用があるというのだろう。


『話は後じゃ! 走り!』


 カザヒの叱咤で我に返り、青葉は再び走り出した。




 青葉は、そこに着いた途端に立ちすくんだ。


 呆然として座り込む小町と、墓石の傍で血を流し倒れている長内の老人。……いや、彼はもう死んでいる。見開かれた目が、死を物語っている。そして、彼らの近くに蘇芳が立っていた。


 蘇芳、と青葉が声をかける前に、蘇芳は小町に向かって問いかけた。


「お前……が、やったんか?」


 恐ろしい質問に、彼女はがくがくと震えて首を振る。


「ちが……」


「でも、他に誰もおらんやろ!」


「蘇芳!」


「……青葉」


 名前を呼ぶと、蘇芳は舌打ちして糾弾をやめた。


 改めて、青葉は目の前に広がる凄惨な光景に言葉を失う。


(じいさんは死んどった。だけん、気配がせんかったんや……)


 ふと震える小町に視線をやると、蘇芳が青葉の前に立ちはだかった。


「こいつがやったんや」


「何やて?」


「俺が着いた時には、こいつと死んだおじいしかおらんかった! あの墓石にぶつけたんや! あんなん、おじいが自分でぶつけるわけないやろ!」


「落ち着き、蘇芳」


 静かな声で、青葉は蘇芳をなだめる。


「小町が、そいなことするわけあらへん」


「せやったら、誰がやったんや!」


「――それは、わからんけど」


「ほら見い。こいつがやったんや……。たしかにおじいは狂っとったし、善人とは言えんかった! でも、せやけん殺してええって言うんか!」


 蘇芳は小町に詰め寄り、強い口調で責める。


「違う……」


 小町は首を振り、涙をこぼす。


 拳を振りかぶった蘇芳と小町との間に、青葉が回り込んだ。


「お願いやけん、やめてくれ蘇芳。ひとまず警察、呼んできてくれるえ。話はそれからにしよ」


「――わかった」


 蘇芳は舌打ちして、警察を呼びにいってしまった。


 青葉は膝を落とし、小町と目線を合わせた。


「何があったん……」


「わか……わからない……。でも……私……殺して、ない。信じて……」


 青葉はいたたまれなくなって、小町の肩を叩いた。


「俺は小町を信じるよ。信じるけん――安心し」


 そう言ってやると、小町は声をあげて泣き始めたのだった。




 村には交番しかなく、しかも警察官はそこに二人という有様。少し遠くの町にある警察署から刑事が来た時にはもう、夜も深まっていた。


 小町は事情聴取のために連れていかれることになり、青葉も同行することにした。


 そして今、こうして取調室の扉近くにあった椅子に座って待っているわけだが……。


『こまっちゃん、大丈夫かのう。心配やのう』


 双つ神はふわふわ、青葉の周りを回る。カザヒはぶつぶつ呟いていたが、ミナツチはじっと考え込んで黙りこくっていた。


「……心配やな。ちゃんと、話せる様子やなかったし」


 あの後、辛抱強く事情を聞こうとしたのだが、小町は狂ったように泣くだけで何があったかを話してくれなかったのだ。


「それほど、怖いことが起こったんやな。カザヒさん、心当たりは?」


『今日帰った時に感じたのは、〝濁り〟じゃ。よっぽど悪いもんが、解放されたんやないかと思ったんじゃけど。しかも、あそこは長内を呪った女の墓』


「……まさか」


 青葉は青ざめた。しかし、そう考えると一つ納得のいく点がある。


 長内の老人が殺された理由。彼女が蘇ったのなら、彼を殺すだろう。


「でも、あそこに幽霊なんかおらんかったし……しかも、封印されとったはずや」


『そうじゃ。じゃけん、ようわからんのじゃ』


 青葉とカザヒが再び、真剣に考え込み始めたところで、ミナツチが口を開いた。


『こまっちゃんのせい……かもしれん。こまっちゃんの霊力、お前も気付いとったやろ?』


「――えらい、高いと思っとった。いや、むしろ段々増えていっとるような感じがして」


『そこじゃ。更に、こまっちゃんの霊力はお前の霊力とまたちゃう』


 今度はカザヒが意見を口にし、青葉に顔を近付けてきた。


『あれは、〝攻撃〟の霊力じゃ。お前は〝守り〟の霊力やけん、正反対や』


「〝攻撃〟やって?」


 青葉は眉をひそめる。


「でも、封印を解くほどの霊力を持っとるか?」


 小町はたしかに霊力を持っている。そして、それが段々増幅していることにも気付いていた。しかし、そこまでの霊力を察知してはいなかった。


『わしも、さっきちらっと思ったんじゃけど……。こまっちゃんの霊力は、えらい不安定じゃ。普段は、出てこんのじゃろ。いざという時に出てくるか、それとも元々封じられとるか……』


 カザヒの推理に、青葉は息を呑む。


「それやったら、小町の陰を消した時に何で気付かんかったんや?」


『いや、むしろあの陰こそが鍵やったんとちゃうやろか。陰がこまっちゃんと一つになることによって、霊力の存在が顕著になった気がする。段々と霊力が目覚めてきたんもそのせいちゃうんな? それで、まだ封印が完全には解けてないけん、不安定なんじゃな』


 カザヒは滔々と、青葉に自分の考えを語った。


『よっぽど上手い封印だったんじゃな』


『んだな』


 カザヒとミナツチは、お互い意見が合ったように頷き合う。


 感心する双つ神をよそに、青葉は深刻な顔でうつむいた。


『さっき確信したんやけど』


 ミナツチが低い声で、話を切り出してきた。


『こまっちゃんは、水の力を持っとる』


 カザヒも初耳だったらしく、青葉と顔を見合わせる。


『なるほどなあ。あんだけ霊力が強いんは、やっぱり……』


 カザヒの言葉を続けたのは、青葉だった。


「巫女か霊能力者の家系出身としか、考えられんな」


『しかし、佐倉の家は普通の家じゃったはずじゃけど』


『んだ。ましてや、水神を祀ってる家なんか、おらんかった』


 カザヒとミナツチは、同時に首を傾げる。


「母方が、巫女筋やったかもしれん。確か、小町の母親は関東出身やけん……。どっか、うちみたいに神を祀っとるところちゃうやろか――。もしかして、小町の母が小町に冷たかったんは、そのせいなんやろか……」


 青葉が呟いた時、ようやく取調室の扉が開いた。


 しかし、出てきたのは小町ではなく初老の刑事だった。


「あなたが、付き添いでしたかな?」


「は、はい」


 青葉は慌てて立ち上がる。


「あの……どうやったんですか?」


「錯乱しているようですね。裁判になる場合、精神鑑定が必要でしょう」


「錯乱?」


「ええ」


 男は煙草を取り出し、うんざりしたようにくわえた。


「幽霊が出てきて、殺したと言ってるんです。どう考えても、錯乱しているでしょう」


 青葉は思わず振り返り、双つ神を見やった。話していた通りの出来事が、起きていたらしい。


「小町は、裁判にかけられるんですか?」


「このままではね。幽霊を語り出すなど、怪しい証拠だ」


「でも、小町がやったって証拠もないんでしょう?」


 青葉は刑事に詰め寄る。


「そうだが……。しかし、彼女以外誰もいなかった」


「でも、小町には長内のじいさんを殺す動機なんてありません。事故かもしれんとは、思わんのですか?」


「そこが、微妙な所でしてな。医者が、傷口を見る限り叩きつけられたとしか考えられない、と言っていました。なので自分で誤って、ということは考えにくいです」


 刑事の主張にも、青葉は怯まなかった。


「せやったら、自殺かもしれません」


「自殺? ――なるほど。しかし、そうだったらなぜ彼女はそう言わないのだね?」


 聞き返され、青葉は黙り込む。


 自殺……そう、ある意味自殺だ。小町に死霊を解放させた挙げ句、死霊に殺されてしまった。正に、自殺行為だったのだ。


「小町と、一度話させて下さい」


「……まあ、良いだろう。彼女も少し、落ち着くかもしれない。部屋を用意しよう」


「すみません」


 青葉は焦る心を抑えて、殊勝に頭を下げた。


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