第二話 ねむりがみ 4



 青葉と小町と双つ神が戻ると、穂波が駆け寄ってきた。


「どうなったんや?」


『青葉が、祟り神を消した』


 既に元の姿に戻ったカザヒが、青葉に代わって答える。


「わお! ……んで、どうなるんや?」


「まだ、一部は美羽ちゃんの中に残っとる。だけん、一度家に帰ってそれを出さな」


「お前、やっぱめっちゃ凄いなあ」


 穂波は、改めて青葉の手腕に感心したようだった。




 青葉は、横たえた美羽の傍らにひざまずく。


「あの……どうやって、美羽からその神の一部を出すんですか?」


 美羽の父が、我慢し切れなくなったように尋ねる。


「話し合います」


 その答えに、小町は目をむいていた。


「話し合うって、本当に?」


「まあまあ、こまっちゃん。見ときいな」


 穂波が、片目をつむってみせた。


 青葉は二人のやり取りを見て微笑んだ後、口を開いた。


「ねむりがみ わがこえに こたえんことを」


 霊力をこめた呼びかけに、美羽の唇が反応した。


『何を言いたい』


「あんたの本体は、もう消えてしもた。残っとるのは、あんただけや。その子から出てき。おっても、何にもならへんことわかっとるやろ」


『……そういうわけにはいかぬ』


「何でな?」


 青葉が厳しい声で問い詰めると、美羽……否、美羽に取り憑いた神の一部は起き上がった。


『私を忘れた人間に、復讐せねばならぬ』


「何度も言うように、あんたの本体は消えた。あんただけやったら、そんな力残ってないやろ」


『なぜ――!』


 かっ、と美羽の目が開く。


『私が消えねばならない! 私は望まれて祀られていたのではなかったのか!』


 青葉は口を引き結ぶ。


「あんたの怒りは、ようわかっとる。でも、その子は何も知らん。そんな子に祟りなして、満足なんな?」


 沈黙がその場を支配した。


『私は……消えたくない』


 それは本音、だった。消えゆく神の、懇願にも似た哀しい願いであった。


「青葉、青葉」


 つんつんつつかれ、青葉は穂波を振り返る。


「何なん?」


 穂波はにやりと笑って、青葉の耳に口を近付けてこっそり囁いた。


「俺、この神さん欲しい」


「は?」


「神さん言うても、一部やん? 俺でも、覡やれそうやん?」


「あんなあ、穂波。お前が覡を引き受けたら子供にも継がせないかんし、もしそれが無理やったら還さないかんよ?」


 警告しても、穂波は引き下がらなかった。


「わかっとる。でも、このままやったらこの神さん還らんやろ」


 穂波の言う通り、当事者である神の意思なくして還すことはかなわない。


「俺も、相棒が欲しかったところやねん。ちょうどええやんか?」


「うーん」


 青葉は、ちらりと双つ神に視線を向けて助けを求めた。


『ま、ええんちゃう?』


 カザヒは実に適当な返事をし、ミナツチもこくりと頷く。


「ちゃんと、祀れるん?」


「任せろ!」


 青葉が確認すると、穂波はにっかり笑って胸を叩く。


 青葉はため息をついて、もう一度呼びかけた。


「ここに、あんたの覡を務めても良いって奴がおる。どうや」


『……私を祀ってくれると?』


「任しときいな!」


 穂波を見つめ、美羽はこくんと頷いた。


『では、頼もう。私の姿を用意してくれ。良いな。出るぞ』


「え、ちょっと待ち!」


 青葉の静止も待たず、美羽の口から白いもやが出始めた。


「はやっ! 小町、何か書くもの!」


「はいっ!」


 小町が大慌てで、ペンと紙を取ってきてくれた。


「穂波、はよ描け!」


「俺、あんまり絵、上手くないねん。青葉、頼むわ」


「何でや!」


 文句を言いつつ、時間がないので青葉はペンを走らせた。


 全て出る前に描いてしまわないと、姿を与えられずに契約は不完全となる。


「ほら! 文句言いなや!」


「ありがとさん」


 穂波は青葉から受け取った紙を、かざした。


「あ、名前も要るんやっけ。名前何にしよっかなー」


 名前なくして、契約成立は有り得ない。本体が消えてしまっているので、新しい名を付けなくてはならないのだ。


 のんびり考える穂波に、思わず青葉と小町は同時に「早く!」と急かした。


「おっしゃ、決めた。ここは今時風に〝すりーぷ〟で!」


 その名前に愕然とする皆をよそに、神の一部は完全に美羽から出た。


 一瞬にして、青葉の描いた姿を取る。


『……わしらそっくり』


『んだあ』


 カザヒとミナツチが呆れるのも、無理はない。カザヒやミナツチと目元が違うだけの、まるきり、「おばけ」の姿だったからだ。すりーぷの目は眠り神らしく、眠そうに垂れている。


「お前! 絵の才能、進化してないやないか!」


「だけん、文句言うな言うたやろ!」


 呆れて叫んだ穂波に、青葉は真っ赤な顔で反論したのだった。







 長い夢を、見ていた気がする。美羽は身を起こし、見知らぬ青年が傍らに座していることに気付いた。


「起きたん?」


「お兄ちゃん、誰?」


「俺は、双神青葉」


 ほのかな笑みを浮かべ、青葉は答える。


「大丈夫そうやな。お母さんとお父さん、呼んできたる」


 そう言って立ち上がった青葉の背に、少女は思わず声をかける。


「ねえ、あたしが神様に会った言うたら――信じてくれる?」


 振り向き、青葉はもう一度笑った。


「そら信じるよ。会ったん?」


「うん……淋しそうやった……」


「もう大丈夫や。あんたが会った神さんは、もう淋しい思いせんでええんや」


 ぽかんとする美羽を残し、青葉は美羽の両親を呼びにいってしまった。




 *


 


 美羽の両親は、泣いて娘の目覚めを喜んだ。


 青葉たちは、美羽一家を家の外で見送ることにした。


「どうお礼を申して良いか……。あ、謝礼は」


 美羽の父は、先ほどから繰り返し頭を下げている。


「ここの口座によろしゅう」


 さっとメモを渡す穂波の頭を、青葉がはたく。


「いえ、謝礼は要りません」


 そう言い切ってしまった青葉の胸倉を、穂波が掴む。


「お前! 何、良い格好しようとしとんねん! 相手がくれる、言ってんのに断るアホがどこにおるねん!」


「俺は、霊力で商売せんようにしとる。大体、この事件は俺が解決したんやけん、お前の口座に振り込んでもらうなんておかしいやろ」


「ちっ、わかった。じゃあお前が受け取れや」


「だけん、俺は受け取らん言うたやろ!」


 穂波を一喝してから、青葉はもう一度三人に向き直る。


「……ということですんで、どうぞ気を遣わずに」


「は、はあ」


 美羽の両親は顔を見合わせている。


「ああ、でもせめてガソリン代を、お受け取りください。穂波さんの交通費もあるでしょうし。せめて、これだけでも!」


 そのままですみません、と言って美羽の母親は一万円札を数枚財布から取り出し、青葉に差し出した。迷ったが、ここまで言われては断るのも野暮かと思い、青葉は紙幣を受け取った。ガソリン代にしては多すぎる。あとで穂波に渡そうと決めて、青葉は「いただきます」と一礼した。


「では、そろそろ帰らせてもらいます」


「道中気を付けて、お帰り下さいね」


 父親が頭を下げたところで、小町がにっこり笑って言い添えた。


「ありがとうございます。ほら、美羽。巫女様にお礼は?」


 母親に促され、美羽が進み出る。


「巫女様、本当に神様は淋しくなくなったん?」


「……うん」


 青葉は、穂波の傍らにぽわぽわ浮かぶ、すりーぷを見た。


『淋しくないよ~って伝えて~』


 名前や姿に影響されたのか、すりーぷは間延びした喋り方をするようになってしまった。


「淋しくない、って言っとるよ」


「ほんま? せやったら、良かった」


 ふわりと笑う少女はどこか神々しくて、彼女に巫女になって欲しいと願った神の気持ちがわかるのだった。


「ばいばい! ありがとー!」


 美羽が元気に手を振り、彼女とその両親は車に乗り込んで、去っていった。


「青葉のケチ」


 車を見送りながら、穂波が毒づいた。


「まあ、これで我慢し」


 青葉が先ほどもらった紙幣を渡すと、穂波は「どうも」と言って、さっさと財布にしまっていた。


「そういや穂波、大阪帰るん? お盆まで、まだちょっとあるやろ」


「いや、お盆が過ぎるまで居座るつもりやで。一旦、大阪に帰るのも、めんどくさいしなあ。ここ居心地ええし。嬉しいやろー?」


「嬉しくない」


 穂波の返答に対し、青葉は本音を言ってやった。


「そんなん言うて、かわいくないやっちゃ。まあ、そういうわけで、こまっちゃんもよろしゅうな」


「はい、よろしく」


 小町は賑やかなのが嬉しいのか、青葉と違って穂波の滞在を心から喜んでいるようだった。


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