第二話 ねむりがみ 3



 辿り着いた廃村は、美しい山に囲まれた土地だった。


「うっわ……めっちゃ、霊力強い山やな」


「せやな。山の神がおるんやろ」


 車を降りた途端、穂波と青葉は〝何か〟を感じた。


「その〝山の神〟が、美羽ちゃんに取り憑いてるってこと?」


「わからん。でも、多分せやろな」


 小町の問いに答えながらも、青葉は風の音を聞いていた。


「カザヒさんミナツチさん、どいな感じ?」


『間違いないな。しかし、妙な神じゃのう』


『んだんだ』


 カザヒとミナツチは、首をひねっている。


「何が妙なん?」


『単なる、山の神じゃない気がするのう。不思議な力じゃ……』


 カザヒの見解に、穂波が唸る。


「うーん。多分、山の神でもあって何かの神でもあるってことやんな。混同されて付加属性がついた、いうことも有り得る」


「――もしかして、穂波さんも民俗学部ですか?」


「うん、そやで」


 穂波の答えに、小町は「やっぱり」と呟いた。


「祠、ってのはあそこらへんかな。穂波、美羽ちゃんを頼んでええ? 俺と神さんたちで行って来るけん。小町はどうする?」


 青葉は神気を感じて、山のふもとを指差した。


「付いていくわ」


 小町は迷いなく答えた。


「おっしゃ。じゃ、ここにおるで。何かあったら携帯……ってお前、持っとらんのか」


「それ以前に、ここ圏外やと思う」


「ほんまや」


 穂波は携帯を開いて舌打ちした。


「ま、何かあったら叫ぶわ」


「聞こえるとええけどな……ともかく、よろしゅうな」


「任せ」


 穂波は手を挙げてみせた。




 青葉と小町は、廃村の中を歩いていった。廃屋が物寂しい。植物だけが元気に村中に蔓延っていた。


 祠は山の上にあるようだと、偵察したカザヒが青葉に教えてくれた。


 山に近付くにつれ、青葉の肌が粟立った。怒りを、感じる。


『青葉、止まり』


 カザヒの警告を聞き、足を止める。


『このまま行ったら危険や。祟られる。わしらが、お前とこまっちゃんを包むけん』


「わかった」


 青葉は目を閉じ、唱えた。


「かぜふきて ひをあおり うまれしは カザヒさま みずしみて つちおこり うまれしは ミナツチさまと ふたつがみ そのすがた わがおもいにて かえんこと」


 二人の体が、燐光を帯びる。


「われらのからだ つつみてまもれ」


 カザヒとミナツチの体が溶け、カザヒは青葉の体に、ミナツチは小町の体に同化し、二人の体は淡い光に包まれた。


「何だか、変な感じ」


 戸惑ったように、小町が笑う。


「その内慣れるはずや。さあ、進も」


 二人は一旦止めていた歩を進め、険しい山道を登っていった。




 祠が見えた途端に、声がした。


『何をしに来た……異郷の者』


 心から震え上がるような、恐ろしい声だった。人が発することのできない、人にあらざるものの声だ。


「祟りを解きに。この地の血を引く少女を、覚えているはずや」


 青葉は、凛とした声で告げた。


『……祟りを解くことは、私にも叶わぬ。あの少女の中には、私の一部を宿した』


「なぜ――」


『私をもう一度、祀らせるためだ!』


 怒声に呼応して、風が吹き荒ぶ。


『私から恵みを受けておきながら、あっさりとこの地を捨て、私を忘れた者達が憎かったのだ。祀られぬ神は、祟り神になるしかないではないか。だから、私はあの子を無理矢理、巫女にしようと――我の一部を入れたのだ』


「無茶しよる……」


 青葉はため息をついた。


 巫女にしたかったからこそ、死なせたくはなかった。だから、最低限の生命活動ができるようになっていたのだ。


「あの子は、巫女にはなれん。一部を入れて昏睡状態になったんやったら、あの子はあんたを受け入れることはできん……巫女にはなれんってことや。そんくらい、わからんかったん?」


『わかっておる。しかし、あれは私にもどうにもできん』


「一つ、方法がある。あんたが消えることや」


 青葉は一呼吸おいて、続けた。


「あんたが消えてもあんたの一部は残るけど、あんたが消えればそれを支配してた〝大きな力〟はなくなる。だけん、俺や穂波でも残った一部をあの子から出すことはできるやろ」


『私を消す?』


「せやないと、あんたはまた祟りを起こすやろ。あんたは、疎まれてしまう……」


 哀しそうに、青葉は祠を見つめた。


「人間は勝手や。神を祀って恵みを受けていたのに、いつの間にか神を忘れてしまった。こいな状態でおるの、あんたも哀しいやろ? だけん……」


 沈黙が、その場を支配した。


「大丈夫。還すだけや。自然から見出され、起こされたあんたを還すだけや」


『――ならば、頼もうか。異郷の巫女』


「わかった」


 打ち捨てられた神の怒り、哀しみ。それが、青葉には手に取るようにわかった。


「あんたは、山の神であり……何の神なん?」


『私は山を降り、田の神となり、また山に帰っていった。夜の間に』


 一般的に、山の神と田の神は同一視されることが多い。山の神が里に降りて田の神となり、また山に帰るという考えは日本中にあった。


「夜の間…………〝眠り〟」


 それならば、美羽の症状も説明が付く。


 この地の人々は、眠っている間に帰る山の神をどういう目で見ていたのだろうか。かつては、揺るぎない信仰に溢れた目だったはずだ。今は、その目をどこにも見付けられない。


 忘れ去られた神。信じる者がいなければ、神は神であり続けられない。


「始めるえ」


 青葉は目を閉じ、詠唱を始めた。


「やまのかみ たにおりて たのかみに さりてまた やまのかみ」


 本質を言葉で紡がなくては、神に影響を与えることはできない。


「またのなを ひとびとの ねむりをあるく ねむりがみ」


 祠に唸り声が響く。苦しそうな、それでもどこか安堵しているような不可思議な声であった。


「やすらかに いずるところに かえらんことを」


 その言葉に導かれ、祠が真っ二つに割れた。


 今まで山を包んでいた重苦しい気は晴れ、穏やかな陽の光が差してきた。


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