第二話 ねむりがみ 2
翌日、穂波が連れてきたのは中年の女性と男性。そして、男性の腕に抱えられた十歳ほどの少女だった。
「はじめまして、巫女様」
青葉と小町を前にして、女性――少女の母は頭を下げた。父親の方もそれにならう。
二人の傍らに横たわる少女を見やり、青葉は眉をひそめた。
眠り続ける少女。彼女は、祟りに遭った日から目覚めないのだという。
「はじめまして。俺が双神の巫女、双神青葉です。どうぞ座ってください」
青葉が挨拶を返し、正座すると、二人は少しびっくりしたように顔を見合わせ、座布団の上に座った。
「男の方だったんですね」
「え?」
母親の台詞で、青葉は斜め前に座る穂波を睨み付けた。
「言っとらんかったん?」
「あちゃー、忘れてた!」
穂波は、舌を出しただけで、悪びれた様子もなかった。
「〝双神の巫女〟は、これ一つで固有名詞って思ってもろたら……。だけん、俺は男でも〝双神の巫女〟って名乗るんです」
青葉が説明すると、二人は納得したように頷いた。
「あの……そちらの方は? てっきり、こちらの方が巫女だと」
と、父親が小町の方を見やって尋ねる。
「すみません、私はただの青葉の幼馴染みです。でも、私も神の姿を見ることができるので何かお力添えできるかと思い、同席させてもらっています」
しっかりとした小町の受け答えに、二人は納得したようだった。
「詳しい事情を、教えてもらえますか」
「はい、巫女様」
青葉が促すと、少女の母親は深呼吸してから、語り出した。
「私どもは、片田舎から関西に出てきました。その故郷の村は過疎が進み、廃村にならざるをえなかったのです。三ヶ月ほど前、故郷が恋しくなって娘の
ため息をついて、父親が続けた。
「しかし不思議なことに、眠ったまま食事は取ります。御手洗いにも、目を閉じたまま行くのです。病院に行ってもお手上げだと言われ、様々な霊能者に頼りましたが――誰も解決してくれず、全て無駄に終わりました。そして友人の紹介で、穂波さんに話を聞いてもらうことができたのです」
話が終わると、穂波が引き継いだ。
「状況的に、これは何かの祟りやと思うねん。俺も試行錯誤してみたけど、さっぱりや。かなり力が強いから、多分神さんやろ」
「せやろな」
青葉も、同意する。
「神さんたち、どう思う?」
カザヒとミナツチに意見を仰ぐと、カザヒが答えた。
『わしも、そうや思う。でも、食事は取るとかいうとこ気になるな。まあ、土地神の祟りで間違いないとは思う』
ふわふわと、カザヒは少女の上を飛び回った。
『憑いとるな。でも、一部や』
『本体は、まだ祠やな』
ミナツチが意見を付け加えたところで、青葉は首を縦に振った。
「一度、その故郷ってとこに行ってみたいと思うんで……場所を教えてくれますか」
「はい」
そして美羽の両親が口にした地名は、存外にここから近かった。
「隣の県やん……」
呟き、青葉は美羽の両親に、目的地までの道のりを聞いた。
出発は明日ということになった。
美羽の両親は一旦ホテルに帰ったが、美羽本人は症状を見るためにも双神家に泊まらせることにした。
もちろん、穂波も今夜はこの家に泊まるつもりらしい。
縁側に座って、青葉は穂波と話していた。
「ほんまに、お前変わらんなー! ちったあ、変われ?」
「放っとき。大体、春に会ったやろ。数ヶ月でそいな、変わるかいな」
穂波に背中をばんばん叩かれ、青葉は口を尖らせる。
「そういうお前も、変わってないんな。インチキ商売やっとるとことか特に」
「インチキとは失礼やな。俺は、本物や」
穂波は霊力があるのを良いことに、昔からそれで金儲けしようとしていた。
祖母の〝霊力を金のために使ってはならない〟という教えを穂波も聞いたはずだが、全く守っていない。
「ばあちゃんが、いかん言うてたやろ。そんなんしとったら、いつかバチ当たるかもしれんよ?」
「大丈夫やって。よっぽどのことには、手出さんようにしとるし」
穂波は明るく笑った。
顔はどことなく似ているが、性格を含めた他は青葉と全く似ていないイトコだ。
「大体、ばあちゃんは固いねん。自分が代々巫女の家系やったからそういう考えやったんやろけど、各地で霊能力者はその力で食っててんで。俺が説教される筋合いないわ」
「お前の考えもわからんでもないけど……。せめて、稼ぎすぎんようにな」
「はいはい。会ったら説教するとこは、ばあちゃんに似てきたなあ」
そう言われ、青葉は口ごもった。
「で、どうなんや」
急に、穂波が声を潜めて尋ねてきた。
「何のこと?」
「こまっちゃんとお前のことや」
カザヒの呼び方がうつっていることに気を取られた青葉は、一瞬反応が遅れた。
「……俺と小町のこと? どうって、どういうことな」
「とぼけんな。あの子と、どこまで行ったんや」
「旅行のこと?」
その返事に、穂波は目をむいていた。
「アホ! どこまで鈍いねん!」
突っ込まれ、ようやく青葉は気付いた。
「そ、そいな関係やないけん」
「ほほーう? お前の話によれば、あの子は都会の生活に疲れてここに帰ってきたんやってな?」
穂波には前もって、小町の簡単な事情――自殺願望などは省いて――を説明しておいたのだ。
「俺から見て、脈ありっぽいし、頑張れ青葉! 俺、めっちゃ応援するし!」
「待ち。何で、そういう話になるん?」
「アホやなお前! あんな美人、もうなかなか現れへんぞ! 今ゲットせず、何をゲットするんや! 癒しを求めてここに来たんやし、ころっと恋に落ちるかも。お前、今は彼女おらへんのやろ。チャンスやないか」
穂波の熱弁に圧倒されそうになったが、青葉は深々とため息をついた。
「……そういうのは、考えてへん。弱みにつけ込むみたいで嫌や」
青葉が言い切ると、穂波は「頭かたっ!」と叫んで呆れていた。
そして翌朝。守り神たちと青葉に穂波はもちろん、小町も同行を希望したので彼女も行くことになった。
当事者の美羽も連れていくと決まったが、美羽の両親にはここに留まってもらうことにした。
「私どもは、行ってはならないのでしょうか……」
不満そうな二人に、青葉は丁寧に説明した。
「多分、その祟り神は美羽さんの血に反応したと思うんです。美羽さんはその廃村の末裔ですけん。だけん、お二人も危ないと思います。美羽さんの体から出た神さんが、あなた方に憑く可能性もあるってことです」
「そうですか」
二人は顔を見合わせ、頷いた。
「それでは、よろしくお願いします」
「任せてえな!」
なぜか、穂波が請け負う。
「さ、行こか。穂波、運転してくれるえ?」
「ん。せやったら、美羽ちゃんは後部座席に」
呟きながら、美羽を抱えた穂波は車に向かった。小町が両手が塞がった穂波のために先に行って、ドアを開ける。
「ありがと、こまっちゃん」
穂波はにっこり笑って礼を述べてから、美羽の体を座席に座らせた。
「後ろには、俺と神さんが乗る。何かあったら、大変やけん。小町は助手席乗ってくれん?」
「わかったわ」
それぞれ乗り込むと、美羽の両親が心配そうに近付いてきた。
「お願い、しますね」
美羽の母の言葉には、悲壮感がこめられていた。
「任して下さい。絶対、娘さんを目覚めさせますけん」
青葉が微笑んだ瞬間、エンジンがかかった。
「いってきます」
そうして車は走り出した。
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