第二話 ねむりがみ



 青葉は大きなあくびをしながら、居間に顔を出した。青葉の両親は、既に食卓に着いている。


「おはよう、青葉」


 母が青葉に気付き、微笑む。


「おはよう」


「おう。今日、小町ちゃんと買い物行くんやってな」


 父が振り返って青葉に尋ねた。


「うん。滞在伸ばすけん、色々必要な物が増えたんやと」


 当の小町は、まだ起きてきていないようだ。


『買い物楽しみじゃのう』


 カザヒが嬉しそうに言ってきたので、青葉は眉をひそめた。


「……来る気なん?」


『当たり前じゃ!』


 えっへん、とカザヒは威張る。一方、ミナツチは興味がなさそうに、ぼんやりしている。


 この辺りは店など、ほとんどない。だから近くの町へ出なければならないのだが……。


 守り神が町に付いて来るのは、避けたかった。


「ひょっと、他の人に見えたらどうするん? 留守番しとき」


『嫌じゃ!』


 青葉の命令にも、カザヒは聞く様子がない。霊力が上がったものの、まだ言霊は言うことを聞かせられるほどではないようだ。


「連れてったり。かわいそうやないか」


「親父、そういう問題ちゃうんよ」


 父の同情に、青葉は呆れるしかない。


「連れていってあげましょうよ」


 背後から加勢してきたのは、起きてきたばかりの小町だ。


 彼女に言われては仕方ない、と、結局青葉が折れた。




 車を小一時間走らせ、二人と二柱はショッピングモールに辿り着いた。


 小町が服を選んでくると言ったので、青葉はベンチに座って双つ神と待つことにした。


『人いっぱいじゃのう』


 カザヒは好奇心いっぱいに飛び回っているが、ミナツチはおとなしく、青葉の隣に座っていた。実に、対照的な神々である。


 しばらくぼうっとしていた青葉は、こちらに向かって走ってくる小町と男を見て、ぎょっとした。


「小町、どしたん?」


「変な人が!」


 小町が指差した人物を見て、青葉はあんぐり口を開けた。


 赤茶色の長い髪に、同じ色の目。そして、自分に少し似た面差し――。


穂波ほなみ!」


 その呼びかけに対し、小町は息を呑み、青葉に尋ねた。


「――知り合い?」


「イトコや」


『穂波、久しぶりじゃ!』


『んだんだ』


 守り神たちが、穂波にまとわりつく。


「うぃっす、神さん。元気やった?」


 普通に挨拶している穂波を見て、小町はますます戸惑っていた。


 その様子を察し、青葉は少し笑ってから説明した。


「穂波も、ちょっと霊力があるん。しかも、双神の血を引いとるけんな。昔から、見えとってん」


「そ、そうなの。あの人いきなり、私に陰があるから水晶買えって言ってきたのよ」


「……ろくなことせん奴やな」


 青葉は立ち上がって、穂波に指を突き付けた。


「怪しい商売は、やめとけって言うたやろ!」


「おお、青葉。久しぶりやーん」


「話聞き!」


「会いたかったでー」


 どうも、話を聞く気がないらしい。


「……わざわざ大阪から、何しに来たん? まだお盆には早いやろ」


「それが、お前に頼みたいことがあってなあ。いやあ、偶然この姉ちゃん見付けたんは運命やな」


 穂波は、小町に向かって片目をつむってみせた。




 ひとまずカフェに移動してから、穂波は改めて自己紹介をした。


「どもども。俺は、双神穂波っちゅうもんや。青葉のイトコで、年は青葉より一つ上。よろしゅうな。ちなみに、大阪生まれの大阪育ちで大阪在住なんで、バリバリの大阪人やから。ちなみに髪と目の色は、天然やで」


「は、はあ」


 小町は、すっかり圧倒された様子で頭を下げた。


「穂波は、昔から夏休みには帰省してきとったんや。小町、会ったことないっけ?」


 青葉の説明に、小町はしばし首を傾げた。


「……あ、そういえば。髪の赤い男の子と、一緒に遊んだような」


「俺は覚えとるで。引っ越した言うて、青葉がめっちゃ落ちこんでたからな」


 穂波は、意地悪そうに笑った。


「そうなんですか?」


「せやせや。あの落ち込みようと言ったら……」


「やめ」


 青葉は、穂波の耳を引っ張った。


「何すんねん!」


「余計なこと言わんように。で、俺に頼みたいことって何なん?」


「おっと、肝心なこと言うの忘れとったわ。実はな、青葉。お前に、祟り神を退治してもらいたいねん」


 あまりにさらりと言われたとんでもない頼みに、思わず青葉と小町は立ち上がりかけた。


『相変わらず無茶苦茶な奴じゃなあ』


『んだ』


 カザヒとミナツチは予想していたのか、至って涼しい顔をしている。


 穂波は笑って、続けた。


「俺、霊力あるやん? だから、ちょくちょくそういう依頼が入るようになってきてな」


「霊力で商売したらいかんて、ばあちゃんが言うてたやろ」


 青葉の渋い顔も気にせず、穂波は肩をすくめる。


「頼まれついでに、お礼もらっとるだけやで。……俺でも、幽霊とかやったら何とかなるねんけど、さすがに神は手に負えへんねん。っちゅうことで、巫女様に頼みにきたいうわけ」


「俺はカザヒさんとミナツチさんの巫女やけん、あいにく他の神様は管轄外や」


「まあ、そう言わんと!」


 と、穂波は自分の手元にあったチョコレートパフェを青葉の方にずいっと押しやった。


「要らん! 大体、こんなんで俺が釣れる思うんかいな」


「えー、ほんま頼むわ。依頼主、めっちゃ困ってるんや。せめて、会うだけ会ってくれ!」


 ぱん、と音を立てて穂波は青葉を拝んだ。


 青葉は呆れた表情を浮かべながらも、双つ神に視線を向ける。


「どう思う?」


『まあ、協力してやってもええよ』


『んだ』


「甘いなあ」


 ため息をついた後、青葉は頷いた。


「わかった。でも、俺や神さんでもどうにもならんかもしれんよ」


「ありがとさーん!」


 承諾の返事を耳にし、穂波は嬉しそうに手をすり合わせたのだった。




 車に乗り込むなり、青葉は大きなため息をついた。


「穂波の奴……」


 当の穂波は、近くのホテルに泊まっているという、依頼主の所に行ってしまった。


 最初から、青葉が引き受けるとわかっていたのだろう。


「青葉も大変ね」


 小町は同情したように、苦笑していた。


「依頼主さんは、明日来るのね?」


「そうらしいな」


 青葉はエンジンをかけながら、またため息をついた。


「ねえ、穂波さんは幽霊なら何とかなるって言ってたじゃない? 青葉も、幽霊退治できたりするの?」


 車が走り出してしばらくして、小町が尋ねる。


「ん? せやな。退治したことはまだないけど、見えるし話もできるけんな」


「神様と幽霊って、似たようなものなの?」


 小町はバックミラーから見える、守り神たちに目をやった。


「ああ、ええと」


 たしかにこの外見では、ほぼ幽霊――おばけだ。


「違うは違う。けど、たしかに存在としては近いな。実体を持たんと、力を持つ。しかも、神さんってのは人間の霊がなる場合もあるんや」


御霊ごりょうのこと?」


 御霊とは、恨みを残して死んだ人物が崇められ、神になったものだ。祟りを鎮めるため、祀るのだという。


「それも一例や。あと、祖霊それいって知っとる?」


「ううん」


「祖霊は、ご先祖様の霊や。これも、神扱いして祀る場合もあるん。大体、カザヒさんとミナツチさんも元は自然霊やったらしいけん」


 自然霊、という言葉に小町は首を傾げた。


「火の粉、風の渦、水の雫、土の恵に昔の人は神秘を見出した。そこで、呼んだ」


 それを霊と――。


 意思を持ち、人間を超えた存在であると知覚した。


「そして双神の祖先がそれを神として祀り、霊は神となった」


「……素敵ね」


 小町は窓から見える空を仰ぎ、呟いた。


「いわゆる、神社の神さまとは違うのよね?」


 小町はふと疑問に思ったらしく、青葉に尋ねる。


「ちゃうよ。独特の民間信仰やと思って。神道とは、色々違うところがあるけんな。双つ神は、その名の通り〝二〟という数字が大事なんや。神道やと、幸魂さきみたま荒魂あらみたま和魂にぎみたま奇魂くしみたまの四つで分けるやろ。でも、カザヒさんとミナツチさんには和魂と荒魂しかないんや。穏やかな守り神としての面と、荒々しい荒神の面やな」


「……そうなのね。荒魂もあるんだ」


 小町は、信じられないようで、後部座席で浮かんでいる神々を振り返っていた。


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