第一話 かげはらい 5



 今、家に帰ると大騒ぎになりそうなので、青葉は小町が目覚めるまでそのまま待つことにした。


「あー疲れた……」


 息をつく青葉の背を、元の姿に戻ったカザヒがぽむぽむ叩く。


『おぬし、今日はようやったな。見直したぞ』


「ありがとさん。俺も、こいな上手く行くとは思わんかったけん、びっくりや。火事場の馬鹿力ってやつかいな」


 青葉が双つ神と話している内に、小町が目を開け、彼女は震える唇で叫んだ。


「……お、おばけ……!」


 青葉はまさか、と呟く。


「小町、見えとるん?」


 青葉がカザヒとミナツチを指して尋ねると、小町は恐ろしげに頷いた。


「――どうなっとん?」


『ようわからん。こまっちゃんがわしら神に触れたからかも。……それか、おぬしの霊力が強まったんかも。もしかすると、両方かも』


 カザヒの答えに、青葉は首を傾げる。


「霊力って上がるもん?」


『上がる奴は上がるで。必死になったら、霊力が突然上がることがたまにあるんじゃ』


「ふうん……」


 ひそひそ青葉とカザヒが話していると、小町が起き上がった。


「青葉、一体何なのそれ? 私、もしかしてもう死んだの?」


「死んどらん! この二人は、守り神や。小町を助けてくれてん」


 青葉の言葉に、小町は目を伏せた。


「どうして……」


「死ぬのはまだ早いと思わん? ここで、しばらくゆっくりし。心の傷が癒えるまで、いくらでもおったらええけん。死のうとせんって、約束してくれん?」


 青葉がそう諭すと、カザヒとミナツチもそうだそうだと賛同した。


「……俺はカザヒさんとミナツチさんを祀る巫女やけん……。小町、見えんかったら信じんやろ? それが普通の反応やけん」


「そうかも……」


「だけん、隠し事しとるように見えたんや。小町を信用してないんやない。それ、わかって欲しい」


 小町は、黙って頷く。


「でも私、見えてるよ」


「それは、今さっき、突然やろ? ほんまは、この神さんたちは俺の傍にずっとおってん。でも、今まで全然見えんかったやろ?」


「どうして、今になって?」


「わからん」


 きっぱり言い切った青葉の様子がおかしかったのか、小町は少しだけ笑った。


「――わかった。約束するわ、青葉。死のうとしないって。神さまに命を助けてもらったんだし、何だか色々と吹っ切れちゃった」


「せやったら、帰ろか。遺書は処分してええな?」


「……うん」


 小町の確認を取ってから、青葉は遺書を懐に入れた。


「……帰ろ、小町」


 青葉は小町の手を引き、歩き出した。


 いつの間にか、小雨が降ってきた。雨の中、ぬれたまま歩き続ける。雨は、火照った体に心地良かった。


 ふっ、と雨が止み、光があふれる。


「見てみ、小町」


 朝焼けを指さして、青葉は微笑み、小町を見下ろした。


「生きるのも、そう捨てたもんやないやろ?」


「……そうね」


 うつむく小町の表情は、うかがい知れない。けれど震える声が、彼女の気持ちを代弁していた。




 双神家のこと。カザヒとミナツチのこと。祖母から跡を継いだこと。


 全てを小町に話し終わり、青葉は息をついた。


「……まあ、そういうことやってん」


「そういえば、青葉のおばあちゃんが巫女とか聞いたような」


 小町は過去の記憶を、必死に掘り起こしているようだ。


 彼女は眩い真昼の太陽を見て、顔をしかめた。


「今日も暑いわね」


「この縁側が、一番涼しいんやけどな。ミナツチさん、小町を冷やしたって」


 ミナツチに呼びかけると、ミナツチは小町にぴとっとくっついた。


「涼しい! さすが、水と土の神さまね」


『わしも~』


 小町の元へ行こうとするカザヒを途中で掴み、青葉は立ち上がる。


「ちょっと電話してくるけんな」


『何でわしまで~』


 文句を言うカザヒを連れて、青葉は電話の置いてある場所へと向かった。


 小町から聞いた電話番号を記したメモを取り出し、番号を入力する。十秒ほどしてから、相手が出た。


『はい、佐倉さくらです』


「こんにちは。俺は双神青葉って言います。昔、同じ村に住んでましたけど、覚えてますか」


『双神……ああ、青葉君ね? お久しぶり。ご両親、お元気?』


 小町の母の声には、生気というものが感じられなかった。


「元気です。ええと、それでですね……小町が今、この家にやって来てるんです」


『ああ、そうなの……。しばらく見ないと思ってたら』


 何と冷たい反応だろう、と青葉は唇を噛んだ。


「しばらく、ここにおらしたっても良いでしょうか」


『ええ、是非。お世話になるわね。宿代としてお金は小町の口座に振り込んでおくから、それを受け取ってちょうだい』


「要りません」


『え?』


 息を吸い込んで、青葉は告げた。


「小町は、ここに自殺しようとして来たんです。お金は要りませんけん、反省して下さい」


 そして、がちゃんと受話器を乱暴に置いた。


「青葉……何事や?」


 父が、心配そうに尋ねてきた。


「ん、小町が滞在伸ばすことにしたらしいけん、小町の親に電話したんや」


「小町ちゃん本人やなく、何でお前が……」


 そこで、父はふわふわ浮かぶカザヒに気付いたようだ。


「えええ! 何か見える!」


 今日は青葉と小町は疲れて昼まで寝ていたので、父はまだカザヒやミナツチに、会っていなかったのだ。


「親父も見えるんな? 守り神さんやよ」


「おお。でも……何でや?」


「どうも、俺の霊力が上がったらしいけん」


「なるほど……。いやはやミナツチさん、お久しぶりです」


 礼をした父の頭を、カザヒがはたく。


『アホ。わしはカザヒじゃ』


「す、すみません……へえ、こんな姿になっとったんですね。実に、き」


 おそらく〝気が抜ける〟と言おうとしたのだろうが、父は賢明にも口をつぐんだ。


『青葉作じゃ。ぷりちーやろ』


「実にぷりちーです!」


 真剣に答えつつ、青葉を横目で睨む。


「しゃあないやろ。描いた時、六歳やったんやけん」


「まあええけどな、ぷりちーで」


 ふざけているのか真面目なのか、父はその後もカザヒの姿を絶賛し続けていた。




 縁側に戻ると、小町が寝転がっていた。


「青葉、お母さん出た?」


「……ん」


「心配してなくて、お金を振り込むとか言ってたでしょ」


 どうしてわかるのだろうか、と小町の顔を覗き込むとその目は潤んでいた。


「わかるの。わかりたくなくても、ね」


 彼女が、ぎゅっとミナツチを抱きしめれば、ミナツチがもがく。その光景を見て、横でカザヒが悔しそうにしていた。


「しんどかったな。ゆっくり休み」


 青葉は、小町の目を手で覆ってやった。


「ここは神さんたちに見守られた土地やけん、すぐ小町も元気なるよ」


 優しくそう言ってやると、小町は弱々しく微笑んだのだった。

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