第一話 かげはらい 3



『あーおーばーっ、起き!』


『んだあ』


 ふわふわ漂う守り神たちを見上げ、青葉はあくびした。


 懐かしい夢を見た。


「おはよございます、カザヒさんミナツチさん」


 起き上がって、一応、丁寧に挨拶する。


 ふわふわ浮くおばけみたいな、神たち。こんな外見にしたのは六歳の自分なので文句は言えないが、どうも神らしい威厳に欠ける。はっきり言って、気が抜ける。


(もうちょっと俺、ましな絵描けんかったんかな……)


 どうやら過去の自分は神とおばけを混同していたらしく、今のカザヒとミナツチはどこからどう見てもおばけにしか見えない。


(昔の俺め。わざわざ、三角巾さんかくきんまで付けくさって)


 じっとカザヒの三角巾を睨んでいると、カザヒが不思議そうな顔をした。


『どしたん、青葉』


「いや……あの時、もっとましな絵を描いてれば良かった思て」


 一瞬ぽかんとしたカザヒとミナツチだが、すぐに察したように顔を見合わせた。


『気にすることないけん、青葉。わしら、この姿なかなかぷりちーじゃと思っとる』


『んだ。ぷりちーじゃ』


「ぷりちー? どこでそいな言葉覚えたん?」


 いぶかしむ青葉に顔を近付け、カザヒはにやにや笑う。


『お前の持っとる雑誌とか、漫画とかで。テレビもたまに見とるで』


「人が学校行っとる時に、そいなことしとったん!」


『ええじゃろ、減るもんじゃなし』


『んだあ』


 カザヒとミナツチは、うんうん頷き合う。


『おぬし、外国の歌、聴くんじゃな。言ってええな? 似合わんぞ』


「人の勝手や。ほっといてや」


 洋楽が好きな青葉は、カザヒの一言に大いに傷付いた。


『でも、なかなか良い歌ばっかじゃあ。ミナツチ、みゅーじっくすたーとじゃあ!』


『らじゃだあ』


 ミナツチは、ぽちっとオーディオのスイッチを押してボリュームを最大限に上げた。


 盛大な音で、元気な曲が流れる。


「うあああ、うるさいっ! ええ加減にし!」


 耳を押さえる青葉にも構わず、二柱はぶいぶい踊っている。


 青葉は顔をしかめながら、スイッチを切った。


『何するんじゃ』


「こっちの台詞や!」


 青葉の霊力が低いせいで言霊に十分な力がこもらず、彼らを止めることができない。


 カザヒとミナツチは自然のバランスを保って人々を守るのが第一の役目で、それは彼らが存在しているだけで十分為される。だから言うことを聞かせて命ずる必要はないのだが、こういう時に言うことを聞いてくれないと非常に困る。


 青葉とカザヒが睨み合っていると突如、襖が開いた。


「青葉、朝から大音量で音楽を流してどないする」


 父の総一郎が、眠そうな顔をして立っていた。


「俺やない。神さんたちが、悪戯しよったんや」


「……そこに今、おるんか?」


 霊力を持たない総一郎に、カザヒとミナツチはもちろん見えない。


 祖母が巫女をしていた時は彼にもおぼろげに見えていたらしいので、今も存在は信じているようだ。


「下まで聞こえとった?」


「おう。あまりの音量に、小町ちゃんが起きてきとったぞ」


 父の言葉に、青葉は頭を抱えた。




 朝食後、小町は縁側で寝転んでいた。


「小町、暑いん?」


 青葉は、心配して彼女に近づいた。


「ううん、大丈夫。この家、涼しいもの」


 とは言っていたものの、小町はだるそうだ。エアコン慣れしている彼女に、エアコンのない昼間の暑さはきっと辛いに違いない。


「エアコンなくてごめんな。扇風機にでも当たったらどうな?」


「大丈夫だってば」


 小町は動きたくないようで、目を閉じる。


 ため息をつき、青葉はミナツチにそっと囁く。


「ミナツチさん。小町を冷やしたって」


『んだ』


 ミナツチはふよふよと小町に近付き、くっついた。


『あー、ミナツチだけずるい! よし、わしも……』


 青葉は、すんでの所でカザヒを捕まえた。


「あんたくっついたら、暑うてしゃあないやろ」


『むー』


 カザヒはその名のごとく風と火をその身に持つので、冷却効果はないどころか、くっつけばかえって暑い。


 反対に、ミナツチは水と土を司るので人の体を冷やしてくれる。


 体が冷えたのか小町の顔色は良くなり、そのまま寝息を立て始めた。


「青葉! 暇なら田んぼ手伝い」


「はいはいっと。カザヒさん、行くよ。ミナツチさん、しばらくそんまましといてな」


 母に呼ばれて、青葉は立ち上がった。




 夕食の席で、小町は青葉の両親に金一封を渡した。


「こ、小町ちゃん……こんなんいらんよ」


「受け取って下さい。お世話になってますから。両親と私の気持ちです」


 拒もうとする青葉の母に、封筒を無理矢理押し付ける様はどこか悲壮で、青葉は思わず眉をひそめたのだった。




 その夜は、稀に見る熱帯夜だった。


 夜になるといつも涼しい双神の屋敷も、今夜だけは暑さが充満している。


「あっつ……」


 青葉は眠れず、額の汗を腕で拭った。


 頻繁に寝返りを打つあまり、寝間着にしている浴衣が、ほとんどはだけてしまっている


(やっぱエアコン買うべきやな、この家)


 青葉がきょろきょろ暗い部屋を見渡すと、ぽわぽわ浮きながら寝ているカザヒとミナツチが。


 青葉はじりっと近付き、一気にミナツチに抱き付いた。


『んだ!』


「ちょっとだけちょっとだけ。あー涼し」


 抱き枕の要領で、青葉はそのまま寝転ぶ。


 じたばた暴れるミナツチを黙殺していると、カザヒの方も起きてしまった。


『青葉、おぬし何しとんじゃ』


「暑いけん、即席冷やし抱き枕になってもろたんよ」


『神をそいなことに使ってええと思っとんのか!』


「ええやろ、別に」


 青葉はまともに答えず、眠ろうとした。しかし、なぜか背中が暑くなってきた。不審に思って振り向くと、カザヒがぴっとりくっついていた。


「離れんかい! 暑いやろ!」


 青葉はカザヒを手で押し退けた。


『何や、失礼な奴じゃな。せっかく、わしも協力したろと思たのに』


「あんたは暑いけん、近付いていらん!」


 すると、カザヒはしょんぼりしてしまった。


『何て、ひどいこと言うんじゃああ』


 わんわん泣き出してしまい、これには青葉も慌てた。


「ご、ごめんカザヒさん。俺、暑いけん苛々してしもて……。機嫌直して」


『じゃ、こまっちゃんにくっつきに行ってええ?』


「ええよ……って……」


 しかし青葉が我に返った時にはもう、カザヒは部屋から出ていってしまっていた。


「待ち! 小町が暑なるやろ!」


 青葉は、大慌てでカザヒの後を追った。




 だが、カザヒは小町の部屋の襖からすり抜けて出てきた。


「あれ?」


 息を切らして追いついた青葉は、拍子抜けして足を止める。


『青葉。こまっちゃんおらんのじゃあ』


「何やて?」


 青葉は青ざめた。


『……外や。風が言うとる』


 カザヒの言葉にますます青ざめて、青葉は走り出した。


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