第一話 かげはらい 2



 夕食の席は、青葉と小町、そして青葉の父母で囲んだ。


「小町ちゃんは昔、弁護士になる言うてたな。今も、目指しとんのな?」


 青葉の父、総一郎そういちろうに問われ、小町ははにかんで笑う。


「はい」


「せやったら、法学部か」


「しかもさっき聞いたんやけど、小町ちゃんの大学は……」


 そこで祥子が口を挟み、総一郎に有名私立大の大学名を囁いた。


「あの有名なとこか! 賢いなあ。大学は楽しいか?」


「……ええ」


 奇妙な間の後、小町は頷く。青葉はその間が、妙に気になった。


「お父さんとお母さんは元気か?」


 父は酒が入って上機嫌なのか、小町に遠慮なく聞いてばかりいた。


「はい。二人とも、仕事で忙しいですけど」


「あんたのお父さんは凄いな。農家のオッサンから、一気にエリートサラリーマンや。ああ、羨ましいなあ」


 ガハハと笑う父と対照的に、小町は浮かない顔をしている。


 見かねた青葉は、父に囁いた。


「親父、止め。ひがみに聞こえるけん」


「何、ひがみ? まさか」


 だが、総一郎も小町が哀しそうな顔をしていることに気付いたらしい。


「小町ちゃん、わ、わしは決してそんなつもりじゃないけん……」


「親父はもう黙っとき。小町、食べ終わったんやったら、気分転換に外にでも行こか」


 青葉は途中で父の言葉を遮った。


「うん。おばさん、おじさん、ご馳走様でした。……あ、後片付け」


「そんなんええけん、行ってき。小町ちゃん、顔色悪いで」


 母の言葉に、小町は静かに頭を下げていた。




 外に出た小町は、満天の星に、しばし見惚れていた。


「ここって、星がきれいね」


「まあ、せやな。何もないけん、星がきれいに見えるんや」


 青葉が後ろから声をかけると、小町は振り返って苦笑していた。


「なるほどね。……でも、ここは良い所よ」


 その声があまりに自信に満ちていたので、思わず聞いてしまった。


「東京は、良い所やなかったん?」


 びくり、小町の肩が震える。そして彼女は振り返る。


「……勉強や仕事には良い所よ。私、弁護士になるため、いっぱい勉強しなくちゃいけないから、良かったわ」


「ほうな。弁護士なったら、俺が捕まったら頼むな」


「青葉、犯罪者になるつもりなの?」


「いや、無実の罪で捕まってしもた時とか……」


 それを聞いて、小町は思い切り笑った。


「今の、笑うとこなん?」


「ごめんごめん。わかった、その時は絶対無罪にしてあげる」


 明るい口調にも関わらず、この時も小町の瞳は陰っていた。


 問い質すこともできず、青葉はただ微笑んだ。




 早朝、庭に水を撒きながら青葉は守り神たちに相談していた。


「やっぱり、学校のことで悩んでるんやないか思うん」


『ふむ。それだけやないような気もするんじゃけど』


 カザヒがふわふわ浮かびながら、考える素振りを見せる。


「俺に相談しにきたんやろか」


『何でおぬしなんじゃ?』


「何や、その俺やったら力不足みたいな言い方」


 でも、と思う。


 ずっと離れていて、連絡も絶えていた幼馴染み。そんな幼馴染みに、いきなり大切なことを相談しに来るだろうか。


「単に疲れて、懐かしい所に戻ってきたかっただけちゃうやろか」


『それにしては、陰りが多いのう』


『んだ。多い』


 カザヒとミナツチが、うんうん頷き合う。


「陰……なあ」


 うつむく青葉の顔を、突如小町が覗き込んだ。


「青葉、誰と話してるの?」


 青葉は驚きすぎて、しばし口が利けなかった。


「……小町、いつの間に!」


「さっきから、ずーっと呼んでるのに、返事しないんだもの。ねえ、誰と話してたの?」


 まずい、と青葉は焦った。


「まさか、また幻聴?」


「せ、せや」


「青葉、病院行った方が良いんじゃない?」


 冗談じゃない、と青葉は首を振る。


「大丈夫やけん」


「そう……?」


 小町は、心配と疑惑がない混ぜになった表情を浮かべた。


『アホじゃな。もっとましな言い訳考え』


 囁くカザヒを手で払い、睨み付ける。


「……幻視まで?」


 小町の中に、青葉に対する相当な誤解が溜まったようだった。



 祖母の光枝みつえは、青葉にカザヒとミナツチを託す際に、こう言った。


『よく聞くんじゃ、青葉。もはや、双神の血を継ぐ者で巫女を務められるのは、あんたしかおらん』


 かつては、分家も合わせると相当な数に上った双神の血族。戦争や病気などの様々な事情により、あっという間に、双神の末裔はその数を減じた。


『あんたは双神の当主になると同時に、巫女にもならんといかん』


『ばあちゃん……でも、僕は女の子やない』


 当時六つだった青葉は、首を傾げる。


『そうじゃけど、あんたしかおらんけん仕方ない。女なら霊力がもっと強かったじゃろが、総一郎や宗次そうじのように霊力が欠落しているわけちゃうから大丈夫じゃ』


 青葉の父である総一郎や叔父の宗次は、全く霊力を持たずに生まれたのだった。


 かつて、巫女は双神家の未婚の女性から選ばれ、その巫女は結婚もせず一生守り神に仕えなくてはならなかった。


 だが、人数が激減した双神家がそんな決まりをずっと守れるはずもなく、祖母は巫女でありながら結婚して血脈を繋いだ。


『巫女の役目は、男じゃったら〝げき〟と呼ぶんじゃったかな。じゃが、双神の巫女は〝双神の巫女〟というひとつの言葉じゃ。みんな、あんたのことを巫女さんと呼ぶじゃろう。――青葉。わしはもう、長くないけん……早すぎるかもしれんけど、巫女になってくれ。約束して欲しいんじゃ。守り神様は、巫女の霊力がなかったら滅びてまう。じゃけん、この土地を離れんといてくれ。ほんで、血を繋いで欲しいんじゃ』


 必死な様子の祖母に向かって、幼き青葉は頷く。


『約束するけん、ばあちゃん安心して』


『ええ子な』


 祖母が笑み、振り返った先に佇むは、焔の鳥と巨大な鯰。


『怖いんな?』


 怯んだ青葉を察し、祖母は問う。


 ずっと、祖母の傍に見ていた守り神たち。その姿は見慣れているはずなのに、どうしても慣れない。


『怖いと思う。わざと、守り神様たちにはこういう格好してもらっとるんじゃ。みんなに畏怖を起こさせるため、こういう姿になってくれって昔の巫女が描いて頼んだんじゃ』


 祖母は懐から、古びた紙を取り出す。そこには、焔の鳥と鯰が描かれていた。


『守り神様たちは、わしらのように姿に捉われず、変幻自在じゃ。じゃけん、怖くない姿になってもらい』


 祖母は、真新しい紙と鉛筆を青葉に渡した。


『でも、ばあちゃん。僕が怖くない姿になってもろたら、みんな守り神様を敬わんかもしれん』


『大丈夫じゃ。どうせ、もうみんなに神様たちは見えん』


 その言葉に、青葉はびっくりした。


『守り神様たちの力は、巫女の霊力に比例するんじゃ。あんたの霊力やったら、みんなに見えるほどには具現化できん』


 哀しくなって、青葉はうつむいた。


『落ち込まんでもええ。そもそも、信じる人自体少なくなってしもたけん、しゃあないんじゃ。信じん人には、どうやっても守り神様たちを見せられん。さあ、青葉。あんたが怖くない守り神様たちを描き。そして、カザヒ様とミナツチ様の名を呼び。その時から、あんたは双神の巫女じゃ』


 鉛筆を握り締め、青葉は紙を見下ろした。


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