わしらはかみさま
青川志帆
第一話 かげはらい 1
『
『んだんだ』
話しかけられ、青葉と呼ばれた青年は息をついた。
「ちょっと黙っといて」
照りつける日差しの下、青葉は駅の前で小一時間も待っていた。
『来んとは思わんのな?』
「
『頑固じゃのう……』
『んだなあ』
傍から見れば、青葉一人でぶつぶつ言っているように見えただろうが、青葉は三人で話していたのである。
その時、涼やかな声が響いて、駅舎から少女が出てきた。
「青葉?」
青葉が振り向くと、少女が佇んでいた。
「小町、久しぶり! うわー、変わってしもたなあ」
かつて、青葉と一緒に走り回った、よく日焼けした少女の面影は、もうほとんどない。
そこにいたのは、シンプルながらも高級感を漂わせるワンピースに身を包んだ、色の白い、清楚を絵に描いたような少女だった。
「別嬪なったな」
少々照れながら褒めると、小町も照れたように笑った。
「お世辞をありがとう。……青葉も、男前になったね」
「ほ、ほうな?」
互いに慣れないことを言って照れている二人に、冷たい声がかかる。
『アホらし』
やかましい、と青葉は横目でじろりと睨んでやった。小町には、例の声は聞こえていない。
「ごめんなさい、言ってた時間より遅れて。電車が遅れてしまったの」
「そいなこと、気にせんでええけんな。……大荷物やな。持ったろ」
青葉は、ひょいっと小町から荷物を取った。
「ありがとう。青葉は親切ね」
話しながら、青葉と小町は歩き始める。
「四国はやっぱり遠いわね。新幹線使っても結構かかったわ」
「まあ、東京からやと遠いやろな。……もうすっかり、標準語なってしもたな。東京、どうな?」
そう問うと、小町の表情が少し陰った。
「どしたん?」
「何でもないの。うん、東京は東京で良いけど……」
小町の言葉は、いまいち歯切れが悪い。青葉は無理に聞かず、前を向いた。
「ここ、引っ越して以来やろ。懐かしいんな?」
「うん、全然変わってないわね」
見渡す限りの田園風景に、小町はにっこり笑った。
「やっぱり故郷が最高」
「ほうな」
嬉しそうな小町を見て、青葉も思わず口元を綻ばせる。
青葉と小町は、幼馴染みだった。だが二人が八歳の時に小町が一家で東京に引っ越してしまったので、長い間会っていなかった。 二人が今、十八歳なので、十年ぶりということになる。
昔は手紙を出し合っていたが、次第に手紙の行き来も少なくなり、結局小町が止めてしまった。東京での生活が忙しいのだろうと思って、青葉は諦めた。
しかし先日、突如小町から『夏休みに帰るから、青葉の家に泊めてくれない?』と、電話があったのだ。
かつては家族ぐるみの付き合いだったので、青葉の両親も快く了承した。
そういうわけで、小町がやってきたのだが……なぜ、いきなり帰ろうと思ったのか、が非常に気になるも聞けない青葉であった。
聞けないのは、小町の様子が少々おかしいせいだ。
(小町、こんなに大人しかったやろか?)
どことなく漂う陰りも気になって、青葉は、はしゃいだように小走りで先を行く小町を見やる。
小町は茶色く染めた髪を髪留めでひとまとめにしていて、真白いうなじが露わになっていた。そのうなじをついまじまじと見てしまい、青葉は恥じて目を逸らす。
小町は青葉が遅れていることに気付いたらしく、一旦足を止めて青葉が追いつくのを待ってから、質問を放った。
「青葉、大学どう? 学部何だっけ?」
「民俗学部や」
「民俗……? 意外ね。農学部かと思ってた。青葉のおうち、農家でしょ?」
「まあ、色々事情があって……。ああ、せや。大学遠いけん、ちょっと大変な」
青葉は深く追求される前に、話題をさりげなく変えておいた。
「なるほど。通学大変ね。一人暮らしはしないの?」
ぎくっと、青葉の表情が一瞬引きつった。
「……お、俺、自炊できんけん」
本当は他の事情があったりもするのだが……。
「そう? 何とかなりそうなのに」
「ならんならん」
必死に否定する青葉の耳に、囁く声があった。
『わしらのこと、言ったらええじゃろ』
「やかましい!」
いきなり叫んだ青葉に、小町は当然驚いた。
「どうしたの!?」
「……すまん。今、幻聴が聞こえよったけん。気にせんといて」
青葉が笑ってみせると、小町は不思議そうに首を傾げていた。
青葉の家に辿り着くと、小町は感嘆の息をついた。
「相変わらず大きい家……」
「その代わり古いけん。はよ入り。母さんがお待ちかねやよ」
「わかったわ」
心なしか、小町は先ほどより元気に見える。小町は玄関の戸を開け、中に入った。
「お邪魔します」
「母さん、小町、来たよ!」
青葉が叫ぶと、彼の母――
「小町ちゃん! 来たん!」
祥子は小町の手を取り、はしゃいでいた
「ゆっくりしてき。おばちゃん嬉しいわあ。さあさ、上がって。青葉、案内してな」
「はいはい」
青葉は家に上がって、小町を彼女が泊まる部屋に案内した。
「広い! こんな所使って、良いの?」
「どうせ空いてるけんな」
「良いなあ、青葉の家。旅館みたい」
「それは言い過ぎやろ」
青葉は、小町の荷物を畳の上に置いた。
「疲れたやろ。ちょっと、ゆっくりしとき。夕ご飯なったら呼びに来るけんな」
「うん、そうするわ。ありがとう」
小町は早くも眠そうだったので、「またな」と声をかけて青葉は自室に戻った。
自室の襖を閉めた後、少々強張った声で呼びかける。
「出てき」
それで出てきたのは、何ともユーモラスな外見のものたちだった。いわゆる〝おばけ〟という風貌の、丸っこいもの……。三角形のような小さな手が付いており、足はない。片方は、ご丁寧にも三角巾をしている。
だがしかし、彼らは幽霊でもおばけでもない。この地方の守り神――
青葉の属する
「他の人が傍におる時は、喋らんといてくれって言うたやろ!」
『そんなん、わしらの勝手じゃあ。お前が返事せんかったら、ええだけじゃろに』
『んだなあ』
三角巾を付けた方が主張すると、もう片方がうんうん頷いた。
「ばあちゃんの言うことは聞いとったくせに、何で俺のは聞いてくれんのな」
立腹する青葉に、三角巾を付けた方があははと笑った。
『それは、おぬしが未熟なせいじゃあ』
『んだなあ』
青葉はがっくりと肩を落とすも、諦めない。
「過ぎたことはしゃあないけど、今度からは気を付けてな。特に小町はそういうの信じんけん、ばらしたくないんよ」
『こまっちゃん、わし気に入ったけん。お話したいんじゃけど』
「こまっちゃんって……変なあだ名付けるなや。大体、小町にはカザヒさんもミナツチさんも見えんけん、お話なんて無理や」
『おぬしの霊力がもっと強かったら、いけるんじゃけどなあ』
じろりと睨まれ、青葉はきまり悪そうに頭をかいた。
「カザヒさん、勘弁して。こればっかりはしゃあない」
『しゃあないことあるかいなー。な、ミナツチ』
『んだあ』
ちなみに、お喋りで三角巾をしている方がカザヒ、同意ばかりしていて「んだ」が口癖な方がミナツチという名前である。
『でもなあ、青葉。こまっちゃん、何か陰持っとると思わんのな? ちょっと変じゃ』
「それは、俺も気付いとった。何かあったんやろか?」
『せやろ。風が騒いどったんじゃ』
カザヒの言葉に、青葉は眉をひそめた。
「風が騒いどった?」
『ほうじゃ。あの子の内を察して、騒いどったんじゃろ』
「ほうな……」
青葉はしばし、考え込んだ。
『無理に聞き出したらいかんぞ。あの子の闇は深いかもしれんけん』
「……わかった、カザヒさん」
脳裏に、小町の陰りを帯びた顔が浮かんだ。
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