フェデリカ
これまでランティーニ家で目撃されてきた『
私達も目撃したそれは、茫洋とした白い靄のようなもので、かろうじて人の姿をしていると言えなくもない……そんなシロモノだった。
それが今。
はっきりと『夫人』の姿をとって私たちの目の前に現れた。
しかしそれでもなお、薄っすらと透けて見える彼女の存在感は希薄で、やはり幽霊と呼ぶべき姿だ。
そして、私が最初にそれを目撃したとき、私にだけなんとなく聞こえた気がしたその声も……今は他のみんなにも聞こえるくらいにはっきりとしていた。
「あ、あなたは……あの『貴婦人』の絵に描かれた……?」
まだ驚き覚めやらぬ中、何とか発した私の問いに、彼女は頷いてみせた。
そして、彼女は自分が何者であるかを明かす。
『私は大魔法絵師プラティマによって生み出されしもの』
「大魔法絵師……プラティマ?」
初めて聞く名前だけど、それがあの魔法絵を描いた作者ということね。
アンゼリカに目線で問いかけたけど、やはり彼女も聞いたことはないらしく首を横に振る。
まあ、作者不詳って言ってたから、それは予想通りだ。
とにかく。
こうして話ができるようになったのなら、いろいろ聞いてみないと。
多分、
と、本題に入る前に。
「え〜と……あなたの名前を教えてもらえませんか?あ、私はマリカと言います」
「私はアンゼリカ。この家の当主の娘よ。まさかこうしてお話できるとは思わなかったわ」
「ミャーコですニャ!」
先ずはお互いに自己紹介しないとね。
私に続いてアンゼリカとミャーコも名乗り、そして彼女も……
『私は……私自身には特に名はありません。ですが、私のモデルとなったのは、ランティーニ家初代当主の妻、フェデリカです』
「初代当主様の……じゃあやっぱり、あの肖像画はご先祖様一家だったのね」
『ええ。夫……当主の名はフラヴィオ、息子はルカとミロ……それぞれ『紳士』と『兄弟』の絵のモデルよ』
「なるほど。ご本人では無いということですけど……その名前でお呼びしますね」
呼ぶべき名前がないのは不便だもの。
特に反対意見もないみたいなので、そのまま続ける。
私は半ば確信しつつも、その問いを口にした。
「それでフェデリカさんの……魔法絵としての役割は何なのですか?」
『私の役割……それは、
やはり。
修復作業をしていたときにある程度予想していたけど、これで確定。
そうとなれば……アレを何とかするには彼女の力に頼るべきかしら。
「多分、あなたたちが封じていたと思われる
私がそう聞くと、彼女は少し目を瞑って、それから身体の様子を確かめるような素振りを見せてから答える。
『……まず、今の私の力では不可能だと思います。もともと三つの魔法絵が揃って初めて封じることができていたのです。かの者も永きにわたる封印で力の大半を失ってるかもしれませんが、おそらくはそれでも……』
「あなたがこうして姿を現すことができるようになったのは……」
『ええ。あなたが絵の修復を進めて、魔力を注いでくれたからよ。私はこうして話ができるくらいにはなったけど……他の2つはもう機能停止してしまったから、私も含めて完全に修復が終わらなければ本来の力は取り戻せない』
「それじゃあ、取り敢えずやる事は一つね」
予定通り魔法絵の修復作業を終わらせる。
それが一番の近道でしょう。
「でもマリカ……あいつ、絶対にまた襲ってくるわよね?」
「それはそうでしょうね」
こうなると取り逃がしたことが悔やまれる。
でも、ようするに悪霊みたいな相手を……どうやって捕まえればいいのか?
あれほどの大魔法絵を三つも使って封じていたような存在……
人間に取り憑くというのも厄介過ぎる。
力を完全に取り戻してないであろう事が唯一の救いか。
「もとはと言えば
そう言いながら、アンゼリカはミャーコの方をチラ見する。
その意味を察して私は答える。
「そうね……いったん工房に戻ってミャーコの絵だけ取ってきたら、お世話になろうかしら」
心情的には複雑だけど、これまで二度も私を護ってくれた彼女は頼りになるし、一緒にいてくれると心強い。
『……私も、本来の力には到底及びませんが、多少なりともあなたの力になりましょう。守護と封印が私の務めなれば』
「フェデリカさん、ありがとうございます。お願いしますね。私はなるべく早く修復を終えるように全力を尽くします」
今は乾燥待ちだからやる事は少ないのだけど……彼女から直接話を聞けるなら、もう少し手を加えられるかもしれない。
魔法絵師マリカの不思議なアトリエ O.T.I @o_t_i
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