幽霊夫人〈シニョーラ・ファンタズマ〉



 カルロさん……に取り憑いた何者かを取り逃がした私達は、これからどうしようかと中庭に留まって悩んでいた。



「……とにかく、カルロの行方を探さないと」


「そうね。でも、私を狙ってるのなら……いずれは向こうから現れるのかしら?」


「今度は、ちゃんと取り押さえるニャ!!」


 私……というか、魔法絵師を狙ってると言っていた。

 そして、彼?の目的は『世界ジャルディーノの封印』を『解放』する事……とも。

 どういう事なのかさっぱり分からないけど……



 でも、ずっと不思議に思っていた。

 なぜ、私以外の魔法絵師が存在しないのか。

 確かに稀有な能力だし、何かと手順も複雑だから使い手が少ないのは理解できる。


 だけど、かつては『世界すら創造する』とまで言われたほどの力が……今となっては伝説で語られるのみ。

 それも、ほとんど知る者もいない。

 そもそも能力者が少ないというのは衰退した一番の理由だとは思うけど、他にも理由がある……?

 もしかしたら、あの得体のしれない存在もそれに関係しているのだろうか……



「マリカ……?ぼーっとして、どうしたの?」


 私が黙り込んでいると、アンゼリカが心配そうに声をかけてきた。

 いけない、今は考え事に没頭してる場合じゃなかったわね。



「ごめんなさい。ちょっと考え事してただけよ。とにかく……何とかカルロさんを見つけないと。変なモノに取り憑かれて……無事だと良いのだけど」


「そうね……仮に何とかなったとして、変な後遺症とか出ないかしら……」


 その言葉には心から心配する気持が込められているのが感じられ、彼女が家人をとても大切にしている事が良く分かった。

 だけど、確かに後遺症とかは心配よね。

 その前に彼を見つけて、更に憑き物・・・を落とさないとなんだけど……私達に何とかする事ができるのかしら?



 そんなふうに、私たちがこれからどうしようかと悩んでいると。


「アンゼリカお嬢様!!」


 と、慌てた様子でメイドさんが駆け寄ってきて来た。


「どうしたの?また何か問題が……」


「う、裏庭の方に……か、カルロ様が……!!」


 その報告に、私とミャーコ、アンゼリカは互いに顔を見合わせ……



「「「行くわよ!!(ニャ!!)」」」





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 私達が裏庭に駆けつけると、そこには既に数名の警備の人たちが集まっていた。

 彼らは武器を構えながら緊張の面持ちでなにか・・・を取り囲んでいたのだけど……

 その正体に気付いたアンゼリカが、悲鳴に近い叫び声を上げる。



「カルロっ!?」


 そう。

 警備人が取り囲んでいたのは、地面に横たわった・・・・・・・・カルロさんだった。

 どうやら彼は気を失っているらしく、倒れたままピクリとも動かない。



「いったい……何があったんですか?」


 私は近くにいた警備の一人に事情を聞いてみた。

 しかし彼は頭を振りながら言う。


「分かりません……我々もついさっき見つけたところでして……もう既にこの状態でした」


 私の問にそう答えながら、彼は一息ついてから構えていた武器を降ろした。

 それを皮切りに他の警備人も警戒を解いたみたい。


 私に襲いかかって来たときのただ事ではない様子からかなり警戒していたみたいだけど、倒れたまま動かないカルロさんに危険は無いと判断したのだろう。



「カルロっ!!」


「あ!?お嬢様!!迂闊に近づいては……!」


 アンゼリカがカルロさんに近づこうとするのを、警備人たちは慌てて止めようとするけど、それも少し遅かったみたい。

 そして、介抱する彼女の声に反応したのか、カルロさんは少し身じろぎしてうめき声を上げた。


「う……」


「カルロっ!!しっかりなさい!!」


「あ……ぅ……お、お嬢……さま……?」


 うっすら目を開けた彼は、アンゼリカを認識したらしく呟きを漏らす。


 良かった……どうやら意識が戻ったみたい。

 安心するのはまだ早いかもしれないけど、取り敢えずは正気のようだし。


「ニャ……アイツは……いないみたいですニャ」


 じっとカルロさんを睨むように警戒していたミャーコも、彼に取り憑いていた何者かの気配がなくなっていることを察して緊張を解いたようね。


「先ずは憑き物が落ちたようで良かったけど、厄介なのは変わってないわよね……。さて、どうしたものか」


 カルロさんが解放されて一安心……とはならないのが悩ましい。



「また誰かに取り憑いて襲ってきたら……」


 二度、襲われたときの事を思い出し……私は自身を両腕で抱くようにしながら身震いする。

 アレ・・の狙いが私なのは明白なのだから、三度襲ってくるのは間違いないだろう。

 果たして……アレを何とかするにはどうすれば……




 と、その時。

 不意に声が聞こえてきた。




魔法絵師ピットーレ・マジコ……偉大なる御業を受け継ぎし娘よ……』


「っ!?だ、誰っ!?」


 その場にいる誰のものでもない声に、私は驚いて後ろを振り返る。

 他の皆も声のした方を見て……驚愕のあまり固まってしまった。



 そこには、薄っすらと透けて見える貴婦人が佇んでいた。

 その姿は……私が修復した魔法絵に描かれていた人物と瓜二つ。



「……幽霊夫人シニョーラ・ファンタズマ



 その呟きが自分の口から漏れた事に、私は気が付かなかった。


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