家族の肖像と幽霊


 かけられていた布を取り払うと、その絵の正体が明らかとなる。



「これは……なるほど。あの『貴婦人』と合わせて、家族の肖像だったのね」


 倉庫に収蔵された二点の絵。

 その一つは立派な身なりをした貴族らしき『紳士』を描いたもの。

 もう一つは、幼い『兄弟』を描いたものだった。


 そして、それらは今も大広間に飾られている『貴婦人』に雰囲気や筆致が非常に似通っている。

 となれば……この三点の絵は、ある家族を描いた同一作者による連作だと想像することができる。



「たぶん、昔のランティーニ家うちの当主一家を描いたものだとは思うのだけど、残念ながら詳しいことは分かってないのよ」


 それは先に聞いた通りね。

 描かれた人物たちが誰なのか、作者が誰なのか……一切の謎に包まれてる。



 そしてこの二点の絵は、アンゼリカが言っていた通り『貴婦人』よりも損傷が激しい。

 全体的に絵の具がひび割れ、何箇所も剥がれ落ちてキャンバスが露出してしまってる部分すらある。


 確かにここまで傷んでると、日の当たる壁にかけたままにするのはよろしくない。

 完全に修復不可能となる前に外したのは正解ね。

 こうなる前に、もう少し何とかならなかったのか……と思わなくもなかったけど。



「それで……この絵も『魔法絵』ではないのかしら?」


「……そうね。やっぱりそれほどの魔力は感じられない。でも……」


 あの『貴婦人』にも感じた、何か。

 それがこの絵からも感じられる気がする。

 それは、あるいは『残滓』とでも呼ぶべきものだろうか。



 と、その時だった。


「ま、マリカ……あ、あれ……」


 アンゼリが呆然とした様子である一点を指さしながら、震える声で言う。

 何事かとそちらを見やれば……



 !!

 あれは……!?



 それは、白い影とでも呼ぶべきか。

 霧状で人型と言えなくもないけど、その輪郭はぼんやりとして判然としない。

 うっすらと光を帯びているようにも見える。


 そんな不可思議な存在が、二体・・

 地面から少し浮いた状態で漂っていた。



「もしかして、あれが『幽霊』?」


「そうみたいね。皆に聞いた特徴と一致してると思うわ」


「初めて見たわ……」


 幽霊を発見した直後は驚きで呆然としていたアンゼリカだったけど、今は興味深そうにしげしげと観察している。

 その瞳には恐怖の色は見られない。



「お嬢様、危険です。お下がりください」


「大丈夫よ。これまでも襲いかかってくるなんてことは無かったんでしょ?」


 カルロさんの忠告にも彼女はそんなふうに返す。

 随分と肝が座ってるお嬢様ね……


 だけど、彼女が言う通り『幽霊』は特に何をするでもなく、ただゆらゆらと漂うだけだ。

 油断はできないけど、直ちに危険があるようには感じられなかった。



「これは……一体なんなのかしら?」


 私的には、魔物の幽霊ファンタズマなんかよりも、得体のしれないこちらの方がよほど幽霊っぽく感じる。

 

 私はもう少し近づいて確認してみようと歩を進めようとした。

 しかし。


「あ……」


「消えていく……」


 現れたときと同じように、唐突に二体の『幽霊』は消えていく。

 薄闇に溶けこんでしまうかのように……


 しかし。


『………………!』


 ?

 いま……何か、声が?



 完全に消え去ってしまう直前、何かを訴えかけるかのような声を聞いた気がした。

 それは言葉ではなく、何らかの強い感情が伝わってくるかのような……



「いま、声が聞こえなかった?」


「声……?いいえ、私には聞こえなかったわ。カルロは?」


「すみません、私にも……聞こえませんでした」



 私にだけ聞こえた……?

 そういえば聞き込みでも『声』を聞いた人はいなかった。


 あれは果たして幽霊の声だったのだろうか?

 だとすれば何を訴えようとしていたのか?



 謎が謎を呼ぶけど、少なくとも一つだけ言えることがある。

 それは。



「目撃証言が最も多い大広間に飾られた『貴婦人』。そして、『紳士』と『兄弟』が保管されていたこの倉庫にも幽霊が現れた」


「すると、やっぱり原因は『絵』にある……ってこと?」


「まだ断定はできないけど、その可能性はかなり高いと思う」



 そうとなれば、この絵をもっと詳細に調べさせてもらわないと。

 それと……



「アンゼリカ、この絵……『貴婦人』も合わせてもっと詳しく調査したいのだけど……私に絵の修復を任せてもらえないかしら?」


「え?ええ、それは構わない……というか、こちらからお願いしたいくらいなんだけど……」


 最後に言葉を濁しているのは、ちゃんと修復できるのかを心配しているのだろう。

 とにかく相当に古い絵だから。

 たぶん修復を検討した時に、いくつかの工房に打診して断られたのかもしれないわね。



「大丈夫よ。私はこれよりも古い絵だって修復したことはあるから。まあ、完全完璧に同じ筆致での復元はできないかもしれないけど、このままにしておくよりは……」


「そうね。じゃあお願いするわ。でも、それが幽霊事件の解決になんの関係があるの?」


「それはまだ分からない。でも、可能性の一つとして考えていることはあるの。とにかく、私に任せてほしい」


「……わかったわ」



 いまはまだちゃんと説明出来るほどの根拠もないけど、アンゼリカは了承してくれた。



「あと、できれば修復の間に作業場所を借りたいのだけど……うちの工房に持ち込むには、ちょっと大きすぎるのよね」


 なにせ私の身長よりもあるから、運び出すだけでも一苦労だ。

 それが三点もあるとなれば、うちの工房では入り切らない。



「分かったわ。カルロ、お願いできるかしら?」


「はい、早速手配いたします。絵もそちらに運び込んでおきましょう」


「お願いしますね。私は一度、工房に戻って必要な道具を持ってきます」




 こうして、私は幽霊騒動の原因が『家族の肖像』にあると考え、それらをより詳細に調べるために行動を開始するのだった。

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