外された絵画
さて、私とアンゼリカは再び大広間へとやって来た。
夜会やダンスパーティーを開催できるくらいの大きな部屋。
ここをくまなく調査しようと思ったらかなりの労力が必要だけど……
『幽霊』がもっとも多く目撃されたのはこの場所だし、他の場所もここからそれほど離れていない。
とすれば、原因はここにあると考えるのが自然よね。
だから頑張って徹底的に調べないと。
目視はもちろん、何らかの魔力的な痕跡がないか……という点でも。
そして、床から壁から天井から目を凝らして調べたり……魔力の流れを感知したりもしたのだけど、おかしなところは見つからなかった。
……ただ一箇所を除いて。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「やっぱりこの絵が気になるわね……」
私は再び貴婦人の絵の前に立って、しげしげとそれを見つめる。
やはり特別な魔力は感じられない。
でも、何かが引っかかる。
さっきは魔法絵じゃないと言ったけど、古代の魔法絵の実物は私もそれほど多く目にしたことがあるわけではないのよね……
こうしてじっと見つめていると、穏やかな笑みを浮かべた彼女が何かを語りかけてくるような錯覚を覚える。
例え古ぼけてところどころが傷んでいたとしても、それほどまでに生き生きとした力を感じるわ。
アンゼリカによれば作者不詳で、誰を描いたのかも分からないらしいけど……
優れた画家が心血を注いで描いた絵には魂が宿る。
私はそう思ってる。
そして、それが比喩ではなく本当に絵に生命を宿すことが出来るのが魔法絵師。
かつて
メイお母さんの書庫にあった古い物語に登場した彼ら彼女らの絵筆は、生命を生み一つの世界すら創造したという。
そして、物語の登場人物に過ぎなかった魔法絵師の力が私にもあるというのは……果たして偶然なのか、それとも必然だったのか。
そんなふうにぼんやりと絵を眺めていると、隣で私と同じようにじっと絵を見ていたアンゼリカが話しかけてきた。
「私ね、この絵が大好きなんだ。小さい頃に亡くなったお母様に似ている気がして。こうしていると、私に話しかけてくれてる……そんなふうに思えるのよね。もし『幽霊』の正体が
大切なこと……か。
もし仮にこの絵が魔法絵だとしたら、その役割は何なのか?
それは例えば、この家の守護者だったり、幸運のシンボルだったり、もっと機能的ななにかだったり……
ん……?
ふと視線を絵から外してその周辺が目に入った時、私はそれに気が付いた。
「これ……そこの壁のところ。もしかして、他にも絵が飾られていた?」
貴婦人の絵から少し離れたところの壁を指してアンゼリカに問いかける。
パッと見では分かり難いけど……良く見れば、ちょうど貴婦人の絵と同じくらいの大きさの四角形の範囲で壁紙の色合いが僅かに異なっていた。
おそらく、長年ここに絵が飾られていたことにより日焼け跡として残ったのではないか?
「ああ、それね。確かにそこにも絵が飾られていたんだけど……その『貴婦人』よりも痛みが激しかったから外してしまったの。ほら、反対側も同じよ。今回の幽霊騒動が起きるよりも前……何ヶ月か前のことだったと思うけど……」
そう言われて『貴婦人』を挟んだ反対側の壁を見ると、やはり同じような日焼け跡が確認できた。
「つまり……ここには『貴婦人』を含めて三点の絵が飾られていたということ?」
「ええ、そうよ」
「その絵は今どこに?」
「倉庫に保管されてるはずだけど……確認してみる?」
「ええ、是非」
まだ手がかりと言えるほどのものは見つかっていない。
だけど、その外された絵に何らかのヒントがある……と、私の直感が告げていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
アンゼリカに案内され、外された絵が保管されているという倉庫にやって来た。
一旦外に出て屋敷の裏手にある別棟。
赤い煉瓦造の、見るからに倉庫と分かる建物だ。
一緒についてきてくれたカルロさんが鍵束を取り出して、入口の鉄扉を解錠してくれる。
ギィ……と軋む音を立てながら重厚な鉄扉が開き、中から古い本のような匂いの空気が漏れ出てきた。
倉庫の中は真っ暗で、覗き込んでも何も見えなかったけど、カルロさんが入口付近で何か操作すると照明の魔道具によるものらしい明かりがついた。
まず目についたのは、いくつもの書棚に収められた膨大な蔵書の数々。
独特な匂いのもとはこれね。
そして焼き物などの骨董品、彫刻などの美術品……カテゴリ事にしっかり整理されているみたい。
「カルロ。あの大広間に飾られていた絵が、どこにしまわれているのか分かる?」
「はい。絵画はあちらの方に纏めて収蔵されているはずです」
と言って彼の先導のもと倉庫の奥の方へと進んでいく。
そこには棚に収められた多くの絵画が。
カルロさんの説明によれば、定期的に屋敷の絵は掛け替えられているらしい。
季節や来客に合わせているとか。
だから結構な頻度で倉庫から出し入れしているらしいのだけど、大広間の絵は特に大きなもので替えがきかなかったらしく、ずっと飾られたままだった……とのこと。
「修繕も検討されたのですが、何分古いものですので……」
今のものと比べて、絵の具や技法が大きく違うから難しい、ということなんだろう。
『貴婦人』の絵を見る限り、私なら何とか出来そうだとは思ったけど。
「あ、あったわ!これよ!」
と、アンゼリカが指し示した先。
かなりの大きさで棚には入らないため壁に立てかけられたそれ。
布が被されているので中身はまだ見えない。
さて、どんな絵なのか……ご対面といきましょうか。
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